「目に見えないもの」に手をつけないカルチャー

――変化するプロトコルに対応するためには、どのような発想が求められるのでしょうか。

桑島浩彰(以下、桑島):「目に見えないものには手をつけない」カルチャーを是正して、目に見えないものを見ようとする、考えようとする姿勢が必要になりそうです。

 たとえば、自動車業界の話でいえば、EVの議論が加速し始めたのは、オバマ氏が大統領に就任する少し前の2007年ころでした。そのころ、多くの多国籍企業では、10年後、20年後にどういう世界になっているかがさかんに議論されていましたが、日本企業内での議論はやや下火だったと言わざるを得ません。

 敢えて日本企業を擁護するならば、自動車業界にかかわらず、最高益が出ていたり、目に見えて売上が伸びている状況で、「目に見えないもの」に手をつけるのは容易ではありません。

 たとえば、かつて携帯電話でナンバー1の市場シェアを誇っていたノキアは、iPhone登場の直前に最高益を記録していました。しかし、その後の凋落はみなさんご存じのとおりで、2014年には携帯電話事業をマイクロソフトに売却するに至っています。

保田隆明(以下、保田):いま利益が出ているのは過去構築したもののおかげであり、将来視点から割り引いた状態で、「自社の事業はどうか」という発想をもつ必要がありますね。

桑島:そのとおりですね。ノキアに限らず、どんなに業績がよくても、いったんパラダイムシフトが起こったら、会社の屋台骨となる事業が一気に崩れてしまう事例は、経営史におけるケーススタディとしてたくさん存在しています。

 ですから、現状の延長線上で「いま好調だから、未来も大丈夫だろう」と考えるのは危険です。コロナ禍によって、グローバルなトレンドを肌感覚で感じることができなくなったことを問題視しているのもそのためです。

田中:桑島さんの話につなげるとするなら、目に見える短期的な視点にとらわれて、「ESGは儲かるんですか」という質問が出る状態を早く解消しないといけません。その質問の裏には「ESG対応って短期的にはコストばかりかかって厄介ですよね」という本音が隠れているわけです。

 でも、この質問は「ビジネスは儲かるんですか」と尋ねるのと同じくらいの愚問です。ESGというと、何か特別なプロジェクトのように考えがちですが、その他のビジネスとなんら変わりはありません。世の中には、儲かるビジネスもあれば、儲からないビジネスもあって、儲けられるようにできる経営者もいれば、できない経営者もいる。ESGもビジネスなので時間軸の差こそあれ儲けるためにやるのです。

 ですから、短期的なコストにばかり目を向けて、スナップショットで捉えるのは危険です。なぜいまテスラなどのお手本企業が儲かっているのかといえば、10年前、20年前から取り組んできた活動がいま実を結んだからにほかなりません。

 桑島さんの言葉を借りるなら、「見えないもの」に手をつけなければ、10年後、20年後に果実を得ることはできません。今だけを見て判断するのではなく、長期的な視点で事業ポートフォリオを構築する必要があるのです。

桑島:テスラの話につなげると、日本には「いいものを安く売る」という戦略だけが根強く存在していると感じています。10年以上も前に、マイケル・ポーター教授が「多くの日本企業には戦略がない」と指摘したことは有名ですが、たとえば、テスラやパタゴニアのように、ESGを実行することで共感を呼び、更にプレミアムを追求する発想が、日本企業にはあまりないように思います。

 私の目から見ると、ハードウェアとしての車の性能という点では、テスラよりもまだトヨタに軍配が上がるかもしれない。しかし、時価総額ではテスラが勝っている。「目に見えないもの」の価値という点を、もう少し考慮できるなら、日本企業にも勝ち筋が見えてくるのではないでしょうか。