経営者の涙が、組織の結束力を高めた
入山 経営者の孤独の解消が必要だという話、さすがだなと思って聞いていました。日本の企業の最大の課題は、トップに透明性がないということだと思うんです。社長は会社を起こしたり経営したりしているすごい人ではあるのですが、僕もいろんな社長に毎日のように会って思うのが、みんな「ただの人間」だということです。弱い人もいるし、悩んでばかりだし。それなのに、殻を作って「強い、孤高の人」を演じています。でも強い孤高の人に、周りの人はなかなかついていけないんですよね。
佐宗 はい、まさに! コミュニケーションがしづらくなりますもんね。
入山 今後、会社はティール組織的になっていくところも出てくるのでしょうが、そうなったときに重要なのは透明性です。透明性というと不祥事や隠蔽しないことのように思われるかもしれませんが、それだけではなく、オーセンティック(本物の、信頼できる、正真正銘の)であることが必要なんです。
佐宗 オーセンティックというのは、会社としても、個人としても重要なキーワードでしね。必要以上に自分たちを大きく見せず、素を出すことが理念経営の文脈ではとても重要だと思います。
入山 たとえば、とある有名なNPOで、一時期飛ぶ鳥を落とす勢いで注目が集まり、順調に事業を拡大していたところがあります。そこが少し前にビジョンを変更したのですが、それは組織が疲弊して行き詰まったからだそうなんですね。トップも葛藤を抱えて、密かに苦しんでいた。そこで合宿をやったら、メンバーから激詰されて、思わず彼は泣いてしまったそうなんです。「もう、なんか、辛いんだよ」って。するとその瞬間からメンバーが「そういう代表が見たかったんです」と、急に結束して、結果的にビジョンの変更につながったそうなんです(笑)。おそらくその瞬間から、彼の透明性は急激に上がったと思います。リーダーも本音で話して、辛いところを見せていいんだって。
佐宗 『理念経営2.0』にも書きましたが、僕も似たような経験をしたことがあります。その代表の気持ち、経営者としてよくわかるなあ。
入山 おっしゃる通り、トップに戦略がないのは困りますが、「うちの会社が目指すものって、僕はこういう感じだと思うけれど、本当はよくつかめていないんだ。みんなどう思う?」と話せることは非常に重要です。さらに、これはトップ自身の言語化にもつながります。
社長の中には天才的な人がいて、そういう社長に対しては周りも何も批判しなくなるため、社長は言語化しなくても済んでしまうんです。それが続くと、次第に周りは社長が何を考えているのかわからなくなります。だから僕は社外取締役をやっている会社では意識的に社長に意見をするようにしています。すると、社外取締役として尊重してもらっているからか、社長も懸命に言語化してくれるんです。結果として社長の言語化が進みます。
佐宗 何の異議も対話もなくスルッと終わる役員会議……伝統的な日本の大企業では多いですが、それではもったいないですよね。
入山 そうなんです。トップが自分の考えを言語化し、周りに問いかけることで、「今まで社長には言えなかったけれど、実はこう思っている」と周りも言語化できることがあります。野中郁次郎先生はSECIモデルを実行する際には、主観と主観を徹底的にぶつけ合う「知的コンバット」によって、暗黙知を形式知化することが重要だと言っています。役員会議は、役員がそれぞれの感覚や経験を言語化し、「そうだよね」と共感しながら言葉を紡ぐ場になるといいですよね。
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(いずれも、ダイヤモンド社)などがある。