1999年、若きイーロン・マスクと天才ピーター・ティールが、とある建物で偶然隣り同士に入居し、1つの「奇跡的な会社」をつくったことを知っているだろうか? 最初はわずか数人から始まったその会社ペイパルで出会った者たちはやがて、スペースXやテスラのみならず、YouTube、リンクトインを創業するなど、シリコンバレーを席巻していく。なぜそんなことが可能になったのか。
その驚くべき物語が書かれた全米ベストセラー『創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』(ジミー・ソニ著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)がついに日本上陸。東浩紀氏が「自由とビジネスが両立した稀有な輝きが、ここにある」と評するなど注目の本書より、内容の一部を特別に公開する。ペイパルの天才集団がいかにしてハッカーたちに対処したかのエピソードだ。
数値で考えずに「視覚化」する
2000年秋、ペイパルは金額も内容もまちまちな何万件もの取引を日々処理していた。不正を手作業で探すのは不可能だった。マックス・レヴチン(注:ペイパル共同創業者の一人。天才コーダー)とエンジニアのボブ・フレッザたちは、ペイパルの多様な不正に共通する、より複雑なパターンを探し始めた。怪しい郵便番号やIPアドレス、取引限度額に達したアカウント等々。
彼らはパターンを調べるうちに、ペイパルのシステム上で行われる活動を、数値で捉える代わりに視覚化できないだろうかと考え始めた。ためしに取引全体にエコー検査をかけるような感じで、資金の流れを視覚的に表してみた。
コンピュータの画面上に資金の流れを線で示し、決済額の大きさを線の太さで表した。それまで細い線(少額決済)が表示されていたアカウントに突如太い線が現れれば、怪しい動きが起こっている可能性がある。
詐欺を視覚化したことで、直感をより強力に働かせられるようになった。ペイパルの不正アナリストチームは、こうしたデジタルツールが、数字の迷宮の中で不正を探す手がかりになったと言う。コサネクによれば、ツールができる前のチームは紙の記録の山に埋もれていた。
「書類を何箱分もプリントアウトして、ハイライトを入れて壁に貼り出していた。そういうシーンは映画では見たことがあるけど、現実世界ではペイパル以外で見たことがないな」
頭のいい人の考え方
──「個別」を見るか「パターン」を見るか?
プロダクト担当者とエンジニアは元の設計に繰り返し手を加え、不正を大規模に可視化できるツールを開発した。「ボタンを一度クリックするだけで、同じ詐欺組織に関わっている4300件のアカウントのネットワークを可視化できた」とケン・ミラーは言う。「あれがなければ、同じ情報を得るのに何週間もかかっていたはずだ」
また、こうした視覚情報によって、不正を種類別に比較しやすくなった。フレッザは、グラフとグラフを突き合わせたらどうかとマグルーに提案した。これは理論計算機科学の「部分グラフ同型問題」という、複雑な化合物を比較するときなどに用いられる困難な計算タスクだ。
この手法を不正行為のパターンに適用することで、別の突破口が開いた。数字同士だけでなく、パターン同士の比較が可能になったのだ。フレッザたちは、過去の不正パターンと似たパターンが検知されると警告を発するルールを生成して、この機能を強化した。同じパターンが頻繁に検知されれば、チームはそのパターンをもとに包括的なルールを作成して再発を防ぐことができた。
「簡単に言うと、詐欺師と戦う代わりにパターンと戦い始めたんだ」とエンジニアのサントッシュ・ジャナーダンは説明する。「パターンとは数学だ。マックスが採用したスタンフォードの数学者たちが、パターンの変化や異常を検知するモデルをつくった。当時としてはとても高度な手法だった」
不正者はますます複雑な手法を用いなくてはならなくなり、嫌気がさしてしまうことが多かった。
「僕らの取り組みは、レベルの低い不正者を廃業に追い込んだ」とマグルーは言う。また、不正者のミスも増えた。
「不正対策が複雑になればなるほど、ハッカーは痕跡を残しがちになる」とマグルー。「彼らが過去の怪しい取引で使われたIPアドレスを再利用すると、フラグが立って、不正アナリストに通知が行く。アナリストがそのアカウントの新しいグラフを作成すると、突如パターンが可視化されて、不審な行動が見えてくるんだ」
(本原稿は、ジミー・ソニ著『創始者たち──イーロン・マスク、ピーター・ティールと世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説』からの抜粋です)