下の図は、その結果を示している。

 日本に在住する外国人は、同年齢の日本人と同じような店で、同じような商品を、同じような価格で購入していると考えられる。購入品が同じなので、インフレ予想も同じはずだ。

 ところが、生まれた国が違えば、過去のインフレ経験は異なる。つまり、同じ年代の日本人と日本在住の外国人のインフレ予想に差があるとすれば、それは購入品の差ではなく、インフレ経験の差だ。

 40歳超の世代では、日本人のインフレ予想は外国出身者とさほど差がない。この世代の日本人は、1970年代の石油危機に伴う高インフレや、戦争終了直後のハイパーインフレの経験があるからだ。

 一方、30代では、日本人のインフレ予想が外国出身者と比べて低く、その傾向は20代でさらに顕著だ。

 この結果は、日本人の若年層はインフレ経験がないが故に、インフレ予想が低いということを示している。

 ところが、足元では若年層のインフレ予想に大きな変化が生じている。昨年春以降、インフレが国内で加速する中で、生まれて初めてインフレを経験しインフレ予想を引き上げているからだ。データで確認してみよう。

 下の図は、筆者の研究室が2021年8月、2022年5月、2023年3月に実施した、5カ国の消費者を対象としたアンケートの結果だ。

 21年8月の時点では、日本の消費者は価格据え置きを予想する割合が他国と比べて突出して高かった。若年層を中心に、将来も価格の据え置きが続くと予想していたからだ。

 これが22年5月の調査になると、大きな変化が確認できる。据え置き予想の割合が減り、将来値上げが起きると予想する日本の消費者が増えたのだ。

 22年5月の時点では日本のインフレはまだ深刻ではなく、当時公表されていたCPI前年比は日銀が目標とする2%に届いていなかったほどだ。

 つまり、日本の消費者は国内価格が本格的に上昇する前に、インフレ予想を引き上げ始めたということだ。海外の激しいインフレ、ロシア・ウクライナ戦争の勃発、原油の高騰といった報に接し、米欧と似た高いインフレが日本でも近々起きると予想し始めたと考えられる。

 では、このインフレ予想の上昇はその後、定着したのだろうか。23年3月の調査結果を見ると、米欧の消費者は、「かなり上がるだろう」が減る一方、「少し上がるだろう」が増えており、インフレ予想が幾分下がってきている。中央銀行の利上げによって、実際のインフレが下がってきたためだ。

 これに対して、日本の消費者は昨年とほぼ同じインフレ予想を維持している。その結果、日本の消費者のインフレ予想は米欧の消費者とほぼ同水準となっている。日本の消費者のインフレ予想は昨年春に高まった後、そのまま定着したと言ってよい。

 なお、10年前であれば、「インフレ予想は、個人のたった1年の経験で急に変わらない」との見方が経済学者の間でも多数派だった。しかし、その後の理論の発展と実証研究の蓄積により、将来の経済状態に関する人々の予想は、その人が過去に経験してきたことに強く左右されるという見方が現時点では有力だ(詳しくは拙著『物価とは何か』を参照)。

 ここまでを整理すると、海外から流入した一時的なインフレのショックが、若年層を中心にインフレ予想を引き上げる形で国内において「増幅」され、持続性をもたらしているというのが筆者の見立てだ。後編ではこの「増幅」の仕組みについて考えてみよう。

>>後編『値上げから「逃げる」ことを日本の消費者は諦めた、では賃上げも“当然”に変える秘策は?』を読む