「仕事のストレス同様、家庭のストレスは健康によくない影響があるので、家庭が平和であることに越したことはない」健康になる技術 大全の著者、林英恵さんは言います。それでは、家庭でのストレスを減らすためには何をすればいいのか男性と女性とではストレスの感じ方に違いがあるのか、について述べていただきました。特に今回は、「女性のストレスを減らすために何をすればいいのか」についてお伝えします。
本連載では、「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)

【公衆衛生学者が教える】命を縮めかねない家庭でのストレスを減らす方法Photo: Adobe Stock

仕事上のストレスは、糖尿病、心臓病、不眠症、うつのリスクの増加との関連が

「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」という言い習わしがあります。夫婦の喧嘩は些細なことが原因となるけれども、すぐ仲直りするために、放って置くのが良いということを示した言葉です。

 でも、すぐ仲直りできたとしても、仕事のストレス同様、家庭のストレスは健康によくない影響があるので、家庭が平和であることに越したことはありません。

 家庭でのストレスを減らすには、男女のストレスの感じ方を理解することが一番の近道です(*1)。

 仕事上のストレスと健康の関係に関しては、男女ともに、糖尿病や心臓病、不眠症やうつのリスクの増加との関連が指摘されています(*2-7)。

 一歩踏み込んで仕事の裁量度で比べると、男女の差が見られます。男性は、仕事での裁量度が低くなるほど、心臓疾患の発症率が高くなる傾向にありました。女性にはそのような傾向は見られませんでした(*8)。

 むしろ、女性の場合、仕事では能動的な仕事、つまり仕事の裁量度が上がって精神的な要求度が高いと、心臓疾患の発症率が上がる傾向にありました(*9)。

女性の場合、管理職などの職位が高い方が、そうでない女性に比べて脳卒中のリスクが高い

 また、女性は、家庭での裁量度が低くなると、心臓疾患の発生率が上がる傾向がありました(*10)。家庭での裁量度が低くなると、6年間での心臓病の発症率は約2・6倍になりました(*2,11)。

 この傾向は男性では見られませんでした。また、働いている男性では、肉体労働や職位が下の男性に比べて、管理職についている人の方が、同じタイプの仕事でも脳卒中になる人が少ない結果でした(*12)。

 一方で、女性の場合、管理職などの職位が高い方が、そうでない女性に比べて脳卒中のリスクが高かったのです。

 女性の場合、社会で責任ある立場になればなるほどストレスとなり、健康を害する可能性があることが示唆されています。この違いは、女性の方が家庭での責任や仕事が多く、家庭と仕事の両立がストレスになったり、社会での男女差別などが影響している可能性があると述べられています(*13)。

 女性の登用推進によって、女性がより裁量度と要求度の両方が高い仕事につく時代になりました。そのような中で、管理職になったり、仕事の要求度が高い女性が、仕事と家庭の両立に悩む時は、同じ状態の男性に比べて、健康のリスクが高くなる可能性があることを示している貴重なデータです。

 まず仕事において女性と男性のストレスの感じ方が違うことを理解し、健康の観点からも、女性のストレスを減らしていくような施策を進める必要があると思います。

 このような背景から、家庭でのストレスは、より「女性のストレスをどうなくすのか」という視点で見ていきたいと思います。それでは実際、家庭において何をすれば女性のストレスを減らすことになるのでしょうか?

家事の時間を減らすよりも女性の「負担感」をなくす

 家事に関しては、先ほど、男女でストレスの感じ方が全く違うことを紹介しました。その上で、女性のストレスを減らすためのコツを挙げるのであれば、女性の負担感をなくすことが重要です(*14)。

 具体的にいうと、女性の家庭でのストレスを減らすには、女性が「男性が自分と同じくらい家の仕事をしている」と「感じる」ことです。家庭での重要事項の決定権は女性が持ち、家の仕事は分担することがポイントです。

 分担の仕方は、時間である必要はありません。大切なのは女性が「男性が家事を分担している」と感じること。つまり、家事の時間を減らすことも大切ですが、さらに重要なのは(これも妻の立場的にいうと本当に重要ですが)頻度などを工夫し、家事の仕事の比率を同じにすることです。女性が、「男性が自分と同じくらい家事を分担してくれている」と感じることが重要なことが、研究からわかっています(*1,10,14)。

何を手伝ったらいいのかわからない男性は、仕事を振ってくれるよう、女性に聞いてみるのも良い

 女性は、長い時間家事をやっていることよりも、誰も手伝ってくれない、自分「だけ」が家事を行っていると感じる負担感がストレスになります。家事には、色々な細切れにできるタスクや、名前すらつけることが難しいような「名もない家事」がたくさんあります。

 他にもゴミ出し、風呂掃除、電球の交換、買い出し時の運転、草むしり、自転車の空気入れ、植木の水やりなど、10分もかからないものが山ほどあります。コツは時間ではなく、分担感です。何を手伝ったらいいのかわからない男性は、仕事を振ってくれるよう、女性に聞いてみるのも良いでしょう。

 仕事と家庭と、両方の場で、男性と女性が支え合うためにも、何が異性にとってストレスの基になるのかを理解しておくことは、とても重要です。

【参考文献】

*1 イチロー カワチ. 命の格差は止められるか ― ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業― . 東京,日本: 小学館; 2013.
*2 Nyberg ST, Fransson EI, Heikkilä K, Alfredsson L, Casini A, Clays E, et al. Job strain and cardiovascular disease risk factors: meta-analysis of individual-participant data from 47,000 men and women. PLoS One.2013;8(6):e67323.
*3 Wang C, Lê-Scherban F, Taylor J, Salmoirago-Blotcher E, Allison M, Gefen D, et al. Associations of job strain, stressful life events, and social strain with coronary heart disease in the women's health initiative observational study. J Am Heart Assoc. 2021;10(5):e017780.
*4 Kivimäki M, Nyberg ST, Fransson EI, Heikkilä K, Alfredsson L, Casini A, et al. Associations of job strain and lifestyle risk factors with risk of coronary artery disease: a meta-analysis of individual participant data.CMAJ. 2013;185(9):763-9.
*5 Wang J, Schmitz N, Dewa C, Stansfeld S. Changes in perceived job strain and the risk of major depression:results from a population-based longitudinal study. Am J Epidemiol. 2009;169(9):1085-91.
*6 Nomura K, Nakao M, Takeuchi T, Yano E. Associations of insomnia with job strain, control, and support among male Japanese workers. Sleep Med. 2009;10(6):626-9.
*7 Rivera-Torres P, Araque-Padilla RA, Montero-Simó MJ. Job stress across gender: the importance of emotional and intellectual demands and social support in women. Int J Environ Res Public Health. 2013;10(1):375-89.
*8 Kuper H, Marmot M. Job strain, job demands, decision latitude, and risk of coronary heart disease within the Whitehall II study. J Epidemiol Community Health. 2003;57(2):147-53.
*9 Eaker ED, Sullivan LM, Kelly-Hayes M, D'Agostino RB Sr, Benjamin EJ. Does job strain increase the risk for coronary heart disease or death in men and women? The Framingham offspring study. Am J Epidemiol. 2004;159(10):950-8.
*10 Chandola T, Kuper H, Singh-Manoux A, Bartley M, Marmot M. The effect of control at home on CHD events in the whitehall II study: gender differences in psychosocial domestic pathways to social inequalities in CHD. Soc Sci Med. 2004;58(8):1501-9.
*11 Kivimäki M, Nyberg ST, Batty GD, Fransson EI, Heikkilä K, Alfredsson L, et al. Job strain as a risk factor for coronary heart disease: a collaborative meta-analysis of individual participant data. Lancet. 2012;380(9852):1491-7.
*12 Tsutsumi A, Kayaba K, Ishikawa S. Impact of occupational stress on stroke across occupational classes and genders. Soc Sci Med. 2011;72(10):1652-8.
*13 Brunner E, Cable N, Iso H. Health in Japan: social epidemiology of Japan since the 1964 Tokyo Olympics. Oxford, U.K.: Oxford University Press; 2020.
*14 Bird CE. Gender, household labor, and psychological distress: the impact of the amount and division of housework. J Health Soc Behav. 1999;40(1):32-45.

(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)

【公衆衛生学者が教える】命を縮めかねない家庭でのストレスを減らす方法林 英恵(はやし・はなえ)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/