企業の歴史、アイデンティティ、価値観に深く根ざし、発見され、切り出されなければならないミッションとは対照的に、人々を鼓舞するビジョンは創造的な活動の中で生まれる。少々古い例だが、ビジョンの一つのお手本ともいえるテスラのマスタープラン・パート2(2016年発表)を、グループ経営戦略書の決定版『全社戦略』の解説から紹介しよう。

【テスラ】イーロン・マスクが発表したマスタープランに見る、明快かつ有効な「企業ビジョン」写真はイメージです Photo: Adobe Stock

テクノロジー企業で独立系自動車メーカーであるテスラのイーロン・マスク共同設立者兼CEOは、企業のビジョンや長期戦略について非常に明快だ。2016年7月20日に新たなマスタープランを発表した。

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10年前に書いた最初のマスタープランはいま、完成に向けた最終段階に入っています。あまり複雑なものではなく、基本的に次のステップで構成されていました。

 1. 高額になるのは避けられない車を少量作る
 2. 1. で得た売上でより低価格な車を中量作る
 3. 2. で得た売上でさらに低価格な車を大量に作る
 4. そして、ソーラーエネルギーを提供する

これは冗談ではなく、テスラのウェブサイトに10年前から書かれています。
(中略)
私がこの最初のマスタープランを書いて発表した理由の1つは、テスラを避けられない攻撃から守るためでもありました。テスラは金持ちのためだけにクルマを作っているのだろうと非難されたり、スポーツカー・メーカーが足りないと思っているのだろうと当てこすられたり、理不尽な攻撃は十分に予想されました。残念なことに、このような内容の無数の記事が書かれるのをブログだけで防ぐことはできなかったため、目的はまったくと言っていいほど果たすことができませんでした。

それでもマスタープランを書いた最大の目的である、私たちの行動が長期的な将来像にどのように合致しているかを説明するには役立ちました。私たちが目指しているのは、今も昔も変わらず、持続可能エネルギーの台頭を加速し、未来の良い生活を守ることです。それが「持続可能性」の意味するものです。突飛なヒッピーの間だけのものではなく、すべての人にとって重要です。

当然のことながら、私たちがどこかの時点で持続可能なエネルギー経済を達成しなければ、化石燃料を燃やし尽くし、文明は崩壊します。いずれにせよ化石燃料への依存を断たなければならず、ほぼすべての科学者が大気中と海中の炭素レベルを大幅に増やし続けることは正気の沙汰ではないと同意していることを踏まえると、持続可能性を達成できるのが早ければ早いほど良いということになります。
そしてその日が来るのを早めるため、私たちは次のことを計画しています。
(中略)
要約すると、マスタープラン・パート2は、以下の内容となります。

 1. バッテリー・ストレージとシームレスに統合された素晴らしいソーラールーフを作ります
 2. すべての主要セグメントをカバーできるようEVの製品ラインナップを拡大します
 3. 大規模な実走行から学び、人が運転するよりも10倍安全な自動運転能力を開発します
 4. 車を使っていない間、その車で所有者が収入を得られるようにします

(出所:www.tesla.com/blog/master-plan-part-deux [2018年11月25日時点])

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まとめると、有効なビジョン・ステートメントが満たすべき基準は以下の通りである。

・魅力的でなければならない。関係するすべてのステークホルダーが惹きつけられる目標であること
・意欲的でなければならない。組織を鼓舞し、目的意識を与えるものであること
・理解可能でなければならない。具体的かつ十分な根拠に基づく目標を伴っていること
・行動可能でなければならない。そして、将来の戦略的意思決定の指針として役立つこと
・測定可能でなければならない。ビジョンに向かって進んでいることが関連するすべてのステークホルダーにより検証できること

企業のビジョンを策定するのは単純ではない。企業の歴史、アイデンティティ、価値観に深く根ざし、発見され、切り出されなければならないミッションとは対照的に、人々を鼓舞するビジョンは創造的な活動の中で生まれる。これは、例えばCEOや同族企業のオーナーなど、先見力のあるリーダーの頭の中で起こることかもしれない。しかし、企業の市場や環境、主な競合他社の戦略、または他業界で賞賛された企業の例を分析して鼓舞されたエグゼクティブ・チームが一致団結して作り上げられる場合もある。一方、成文化されたビジョンは全社戦略策定プロセスの最後に作られる。ビジョンは、全社戦略のエッセンスを昇華させたものであり、望ましい未来の具体像を示す。