「捨てる」選択も
新規事業には欠かせない

 月額3278円という一般のフィットネスクラブの3分の1から4分の1の価格にするためには、大幅にコストを下げる必要があります。要点をまとめると面積をコンパクトにすることで不動産賃料を下げることと、無人にすることで人件費をかからなくすることでchocoZAPはこの課題をクリアしています。

 普通のジムに当たり前にいるトレーナーやスタッフはおらず、スタジオもプールもない。きちんとそろばんをはじくことで、3278円で利益が出る最低水準の計算ができているのです。

 その際に、これは新規事業では常に起きることですが、何かを「捨てる」必要が出てきます。chocoZAPの初期利用者の不満として大きかった「清潔感が少ない」というクレームも、実はこの設計に起因します。

 私が大手のフィットネスジムを利用していた当時もそうだったのですが、マシンを使った後にそのジムのルールで座面やハンドルなどをきちんと拭く必要がありました。利用するたびに汗をかくわけで、乾いた布やアルコールスプレーできれいにして次の人が使えるようにするわけです。

 ところが会員の中には、そんなルールは守らない人も少なからずいます。スタッフがいるジムならば、そのような状態を見てその場でスタッフがマシンをきれいにしてくれるのですが、chocoZAPの場合はそうはいきません。無人です。

 要するに前の人がマシンをきれいにしてくれていないのであれば、自分で拭かなくてはいけない。もちろんchocoZAPでは、無人とはいえ定期的に清掃員が清掃をしてくれています。最近のリリースでは、この清掃員の数や清掃頻度を向上させることで不満を解消してくれる方向に動いていることがわかります。

 とはいえ、基本は無人にすることでコストも価格も下げるのがchocoZAPのビジネスモデル。すべてを満たそうとすると、破綻するのです。

 そしてこの点は、実はシャワールームがないこととも関係しています。

 シャワールームがあったほうが会員は気持ちいいはずですが、無人店舗にシャワールームがあれば必ず汚れます。汚れる場所は最小限に設計する、具体的にはマシンとトイレだけにしておくというのが、コストを増やさないための視点なのです。

 さらに無人にするためには、事故や事件を起こさないことも重要です。たとえば普通のフィットネスジムにあるバーベルが、chocoZAPにはない。バーベルに限らず事故が起こるようなマシンも置かないようにしています。

 ロッカーに鍵がないことも利用者の不満のひとつですが、これには二つの意味があります。鍵がなければ、利用者は貴重品を持ち込まない。その結果、盗難などの事件が起きにくくなります。一応荷物を置く場所はあるものの、ただの「棚」でロッカーのようなドアもありません。これは忘れ物を減らすため。ビジネスホテルなどでも好んで導入されている方法です。

 ちなみにchocoZAPでは、退室する際にもスマホでドアを開錠する必要があります。これは実に賢いやり方です。このやり方ならば、スマホの忘れ物がゼロになるからです。

 スマホの忘れ物というのは、飲食店やサービス施設で一番多いものです。仮にchocoZAPの会員がスマホを中に忘れてしまったら、スタッフに開錠してもらわなければならないわけで、追加の手間がかかってしまいます。きちんと利用者がスマホを持って退室するビジネスモデルにすることで、実はコストを下げることができているわけです。

 このように新規事業とは、ロマンとそろばんのうえに成り立つものです。

 自宅の近くにコンビニジムがあってそれが3278円で使えたら、それは生活が良い方向に変わるだろうなというアイデアにロマンを感じたうえで、それが成立するようにきちんとそろばんをはじいて始まっている。chocoZAPには、このように教科書通りの設計思想が込められているのです。