存廃の議論だけではなく
効果的な災害対策の検討が課題
実際、被災前に同基準を下回っていた日田彦山線添田~夜明間は、2016年度の営業収益2800万円に対して営業費用は2億9300万円。100円を稼ぐのに要する費用を示す営業係数は1000を超えていた。
被災区間の復旧費は約56億円を見込んでおり、改正鉄道軌道整備法の復旧費用補助制度を適用すれば、JR九州の負担は半額の28億円で、残りは国と自治体が負担することもできたが、JR九州は沿線自治体が年間1億6000万円の費用を負担しなければ鉄道として復旧はできないとのスタンスを示し、線路をバス専用道に転用するBRT化を提案した。
BRT化にも約11億円を要するが、ランニングコストは年間1億1000万円まで低減可能。添田~夜明間の所要時間はほとんど変わらず、鉄道より運行本数を増加できるとして理解を求めた。最終的に地元もこれを受け入れ、今年8月28日に開業を予定しているが、今回の豪雨で福岡県東峰村のバス専用道の路盤が流失する被害が発生しており、改めて災害リスクが可視化された格好だ。
肥薩線八代~吉松間についても、輸送密度は日田彦山線を下回っており、年間収支は約9億円の赤字だった。復旧には約235億円を要する見込みだが、並行する国道219号線の災害復旧事業など国の事業と連携し、災害復旧補助制度を適用した場合、JR九州の負担は約25億円まで圧縮可能とみられる。
いかにも無理やりな抱き合わせに見えるかもしれないが、河川の掘削や堤防設置、線路や道路のかさ上げ、のり面の補強など、再発を防止するための設備改修が必要であり、そのためには行政との連携は不可欠だ。
これら改修を行った上で、自治体が施設を保有してJR九州に貸し付ける「上下分離方式」も選択肢にあがっているが、それでも沿線自治体の維持費負担は年間1億2000万円と試算されており、議論の着地点は見えない。
一方、2012年から2023年までの11年間で5度の豪雨被害を受けたのが久大本線だ。久留米と大分の両端に一定の通勤・通学需要があり、輸送密度2000人/日前後でギリギリ踏みとどまっている路線である一方、観光特急「ゆふいんの森」、クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」、さらに2024年春には新たな観光列車の運行開始が発表されるなど観光戦略上、重要な位置づけにある。
それだけに前記2路線とは異なり、存廃の議論の俎上には載せられないが、1915年から1934年にかけて建設された線路であるため規格が古く、山間を縫い、河川を渡る区間が多いため、土砂崩れや河川氾濫など災害リスクが高い。
2017年4月1日から2023年3月31日までの5年間で、久大本線がいずれかの区間で運転を見合わせた期間は約3割にあたる計648日にも及んでおり、その間は特急が運休した。これでは観光路線としての真価を発揮することはできない。
久大本線の2021年度の収支は、公表されている由布院~大分間だけで約5.4億円の赤字であり、非公表の区間を含めると10億円以上に達するだろう。一方、2020年7月豪雨の復旧費用は約20億円だったが、前年度の路線収入が約21億円だったため、改正鉄道軌道整備法が定める「復旧に関する費用が対象路線の年間収入以上」との基準を満たさず、補助は得られなかった。
こうした輸送密度2000人/日前後の路線は、金額の大きさで言えば存廃が議論される輸送密度500人/日以下の閑散路線以上の損失を生み出す不採算路線であるが、地域公共交通、観光路線としての役割・使命は明らかであり、今後も維持が求められる。
そのためには災害対策のための設備投資が不可欠だが、多額の資金を要する。不採算のため対策が進まず、被災後に多額の資金を投じて現状復旧しても災害リスクは変わらず、再発を防止できないのが現状だ。地域全体の災害リスクを低減するには、肥薩線の再建案で見たように国や自治体と連携した設備改修を行う必要がある。
政府は2013年以降、「国土強靭化」として防災・減災の取り組みを進めており、鉄道施設総合安全対策事業費補助制度などもあるが、被災後の補助と比較すると中途半端なのは否めない。まずは鉄道事業者の負担で取り組むべしとは正論だが、鉄道の範囲だけでは対策は不十分だ。地域とローカル線を守るのであれば、鉄道事業者の取り組みを促すためにも国と自治体の積極的な支援を期待したい。
今回はJR九州を例に話を進めたが同様に、ここ数年間の豪雨でさまざまなローカル線が甚大な被害を受けたJR西日本や、昨年の豪雨で東北地方の複数路線が被災したJR東日本、さらには各地の私鉄も同様の課題を抱えており、もはや国家的な課題である。
梅雨が明ければ台風シーズンが到来し、秋雨前線がやって来て、そうこうしているうちにまた1年が過ぎれば豪雨が襲ってくる。手をこまねいていれば被災路線の数はどんどん積み上がってしまうだろう。