「なぜ」と一言聞くだけで
集団的幻想を打ち砕くことができる
相手の本音を聞くには、シンプルに「なぜ」と質問することです。たとえば、腎臓移植待機者リストの話を紹介しましょう。移植が必要な人よりもドナーの数が少ないので、無駄になる腎臓があってはなりません。しかも、移植される腎臓が出てくると2日以内に移植しないと、廃棄されてしまうので、2日以内に適合性で合格した人の中から、提供を受ける人を決めないといけません。
リストの1番目の人が断ると次の人に選択権が移りますが、それが続くと、次に打診された人はその腎臓の品質が悪いから拒否されていると勝手に解釈して、自分も拒否してしまうことが往々にして起きています。そして最終的に間に合わず、廃棄されることが起きてしまいます。
この問題を解決した単純な方法が、「なぜ断ったのか」と聞くことだったのです。すると「町にいなくて、移植予定日に間に合うように帰ることができない」というような、腎臓の品質とは関係のない答えが多かったのです。断った理由を聞かれて、腹を立てる人はいません。
集団的幻想に陥っているときは、その行動の理由を聞かれても「周りがやっているから」としか答えられません。もし私がマスクを着けているときに、「なぜあなたはマスクを着けているのですか」と聞かれて、“I’m immune-compromised.”(免疫力が低下しているから)と答えると、マスク着用の理由が集団的幻想ではなく、正当な理由であることがわかります。
基本的に、人は自分の意見を言いたいと思っているので、「なぜ」と聞かれて腹が立つ人はいません。つまり、「なぜ」と一言聞くだけで、集団的幻想を打ち砕くことができるのです。集団的幻想はそれほどもろいのです。
何十億ドルも使った薬物撲滅キャンペーンが
大失敗した意外な理由
大々的なキャンペーンで、多くの人が持つ集団的幻想を覆すにはどうすればいいのでしょうか。それには、「何が集団的幻想になっているのか」を正しく把握する必要があります。それを見誤ると、かえって悪い結果を招きます。
例を挙げましょう。1990年代ティーンエージャーの間に薬物使用が増加しました。政府は懸念を示して、何十億ドルも使って“Say No to Drugs”キャンペーンをやりました。このドラッグ撲滅広告を毎日3回、6年にわたって流したのです。しかし、子どもたちの薬物使用が増えるという結果に終わりました。
問題は、政府は子どもが薬物に手を出している理由は、彼らが薬物に興味があるからであると思い込んでいたことです。実際はそうではなく、子どもたちは薬物に懐疑的でした。彼らが望んでいたのは、仲間外れにならないように同調することだけでした。
彼らは「ほとんどのティーンエージャーは薬物をやっている」という集団的幻想に陥っていたのです。なぜなら、大人たちがここまで真剣に薬物をやめさせようにしているのは、きっとほとんどのティーンエージャーが薬物をやっているからだと推測したからです。だからみんなが薬物をやっていると勝手に思ってそれに同調して、逆に薬物使用が増えたのです。
では、どんな方法が効果的なのでしょうか。