フジテレビ「ノンストップ!」やNHKほか、様々な媒体でその「不登校支援」が話題のNPOカタリバ。その代表理事で、20年にわたり、学校の外から教育支援を続けてきたのが創設者でもある今村久美さんです。今年2月には、親御さんや教師、行政担当者まで「不登校の子に伴走するすべての人」のために、不登校を理解し、子どもたちに伴走するためのヒントを提案した初著書「NPOカタリバがみんなと作った 不登校ー親子のための教科書」を出版しました。本書の「おわりに」で書かれた、ご自身の子育て体験は、大きな共感と感動をよんでいます。本記事で抜粋してご紹介いたします。

【フジTV「ノンストップ!」でも話題】NPOカタリバ今村久美氏が語る「親は“監督”ではなく“伴走者”」Photo: Adobe Stock

先行きの見えない不安の中で

 私には、今、小学生の息子がひとりいます。

 出産1カ月前まで全国を駆けまわりながら仕事に没頭していた私は、ある時、同じように妊娠している友人たちが、せっせと「胎教教室」に通っていることを知って、一抹の不安を感じました。

 もしかして、私、遅れをとっている?

 無事に息子が生まれ、「この子が幸せだと思える、素敵な未来を一緒につくっていこう」と心に誓いつつ見上げた病院の壁には、「賢い子に育てたいなら、出産直後から読み聞かせを」「就学前教育は投資対効果が抜群」などと書かれた広告が。

 みんな、そんなことまで考えているの?

 8カ月で保育園に入れると、閉園間際にお迎えに駆け込む日々が始まりました。

 2歳になると「ほかの子は、もうおむつも取れています」「みんなと一緒に行動できません」……。

 連絡帳を埋める言葉が、私に対するフィードバックのようで胸が痛みます。

「お母さん、新聞のコラム読んでますよ。忙しそうですね」。保育士さんのそんな言葉さえも、「あなたが忙しくしているせいで……」と言われているようで、落ち込みました。

 子どもが5歳になった時、近隣の小学校の教頭先生が保育園にやってきて言いました。「入学時点で足し算ができるお子さんは○割、引き算もできるお子さんは○割、漢字で名前が書けるお子さんは○割……」。

 そういえば、しばらく前からママ友とのおしゃべりの中に、歩いて行ける学習教室の名前や通信教材、英会話などの話題が頻ぱんに出るようになっていました。

 うちの子も、何か始めなきゃ!

いつの間にか、母親ではなく「監督」に

 そして、近隣の学習教室に通うことにした日から、戦場が始まったのです。

 毎朝5枚、毎晩5枚のプリントを終わらせなければなりません。

「私のように、学校の勉強で苦労するような子にはなってほしくない」「隣のあの子はもう九九までいったらしい」「この頑張りは、今後の基礎スキルになるはず」。

 そう唱えながら、合わせて週4回、英語教室と学習教室に送迎しました。

 気づいたら私は、母親ではなく“監督”になっていました。

 今日こそは頑張ろうと笑顔で始めても、気づくとスイッチが入って声を荒らげるようになっていました。

「どうしてやらないの!?」「さっきやったのに、どうしてまた間違えるの!?」と叱る毎日。ある日、息子は「ぼくはどうせバカなんだ」と泣きました。

 ハッとしました。

 これって、この子が「自由に遊びたい」と思う大切な時間を奪ってまで、やらなければいけないことなんだっけ?

 先行きの見えない未来を不安に思う私自身がノアの箱舟を探し求め、嫌がる息子を無理やりそこに乗せようとしているうちに、本当に大切なものを見失いつつあるような気がしたのです。そういえば、最近、息子と目が合っているだろうか……。そんな不安がよぎりました。

 ある日、息子は保育園の友達関係で傷ついて帰ってきました。しょんぼりする息子の姿を見て、気づきました。

 私の役割は監督じゃない。この子が安心して生きていくための土台をつくることだ。

 まわりの子と自分を比較しながら、少しずつ「できない」を悲しむようになってしまった息子を見て、今ならまだやり直せる、と思いました。

 この子がやりたいと思うこと、この子のままで学びたいと思える環境を探そう。

 ゆっくり目を見て話しました。

「学習教室、続けたい?」「……やりたくない。遊びたい」
「そうだよね。ママも、そのことで怒ることが多くなったような気がしたの」
「ぼくがバカで、ちゃんとしないからだよね」
「そんなこと、ぜんぜんないよ。いったん、お勉強のプリントはやめてみようか。やりたくなったらまた始めればいいよね」。
「え? いいの?」。息子の顔が、不安とともに、少し明るくなりました。

監督ではなく伴走者として

 これは、NPOカタリバを立ち上げて12年目だった私の失敗体験。

 外側から教育を語るよりも、実際の子育てははるかに難しいと知った経験です。

 焦りや葛藤、人との比較、つらい思いをしてほしくないという先回り、そして思い込みによる数々のバイアス……。

 これらを取り除くことは、本当に難しいことです。未就学段階の早期学習が悪いと言っているわけではありません。本当に楽しそうに、目を輝かせながら学んでいる子もたくさん知っています。これはあくまで、うちの子にとって、という話です。

 息子は小学生になりました。

 まだまだ分からないことばかりで、親として悩むことばかりです。でも、失敗を経て、ひとつだけ確信できるようになったことがあります。

 それは、母親は“監督”ではなく、“伴走者”だということ。

 いつの日かしっかりと自立できるように、ときに背中を押しながら、ときに丸ごと受け止めてやりながら、ものの善悪も伝えつつ心の土台がしっかり育っていくように、一緒に走ってやれたら、それが何よりです。

 でも、ひとりで伴走するのは孤独です。伴走者にも伴走者が必要です。

 たくさんの人とお互いに伴走しあいながら、みんなで一緒に走っていけたら、それが一番幸せ。

 そんなことを考えながら、私は今、ぼちぼちと母親をやっています。

*本記事は、「NPOカタリバがみんなと作った 不登校ー親子のための教科書」の「おわりに」から抜粋・編集したものです。