大事なのは「詩」と「マーケティング」の両立
佐宗 糸井さんは昔から「今おもしろいものはこれ!」という意識の向け方をなさっている方なんだと思っていました。2015年に僕が独立した当初、最初にやった仕事の一つが「ほぼ日のプロデュース術」という暗黙知をインタビューして言語化する仕事だったんです。その際に、社員のみなさんが「今、自分はそれをおもしろいと感じているのか?」という問いを大事にされていたのが印象的で、それこそがほぼ日の企業文化だと思ったんです。
だから、糸井さんが最近になって「今」の大事さに気づかれたというお話はものすごく意外ですね。糸井さんにも「企業の経営者として、未来を考えなければ…」というプレッシャーがあったということなんでしょうか?
糸井 プレッシャーというよりも、もともと考える姿勢がそうなっていたと思うんです。たとえば自分に子どもが生まれたりすれば、とにかく「今が楽しければいい」「遊ばせておけばいい」とはなかなか思えなくて、ついつい「元気で明るく育ってほしい」みたいな未来を考えてしまう。
佐宗 そういう未来が「目標」に変わったりして、そこから「やるべきこと」がどんどん出てきてしまう。
糸井 そうなんです。ぼくはどこかでずっと「定量的な観察」が重要だと思っていました。やっぱりだれも人が来ないところで物理的にお店を開いてもモノは売れないじゃないですか。
佐宗 だからこそ、目の前にあるものをしっかり定量的に把握して、目標に到達できるようなしかるべき戦略を立てていくわけですね。
糸井 でも、ほんとうにそれだけなんだろうか、と。仕事って「釣り」に似てると思っているんです。
佐宗 釣り……って、魚の釣りですか?
糸井 そうそう。釣りでいちばんやっちゃいけないのは、魚がいないところでやることですよね。釣りの世界って、ほとんどマーケティングなんですよ。だから、魚が釣れたときに「やっぱり俺のマーケティングは正しかった!」ってほかの釣り人に自慢したい人がいる。でも、こういうマーケティングだけ考えている釣りは「楽しくない釣り」だという人もいるんです。
そういう人にとっては、釣りの楽しみって「詩」なんですよね。釣り竿一本だけを持って明け方に出かけて、鳥の声を聞きながら朝が来て「釣れないかな〜」って思っていたら、釣り糸の先に「プンッ」という生き物の感触がやってくる。「うわー、俺だけがここにいるわけじゃなかった!」っていう、そういう喜び。
佐宗 たしかに、自分の感性を開いて「今、ここ」を感じるという意味では、そういう釣りのあり方は「詩」のようなものだと言えますね。釣りには「マーケティング」の側面と「詩」の側面があるし、ビジネスにもそういう二面性があったほうがいいと。
糸井 そうなんです。世知辛いことばかり考えないといけないときもあるわけです。映画のプロデューサーは「ロケ地で予定にない雨が降ったときにどうするか?」「撮影の許可取りができるだろうか?」「許可が降りなかったらどうするか?」とか、世知辛いことも考えている。それが楽しみ、生き甲斐になっちゃうぐらいの仕事です。そうじゃなければ、映画なんてつくれないですよね。でもそれは「詩」ではないんです。
とはいえ、そういう「詩」ではない仕事を、「誰かがやってくれるんだよね」と思っている人にはなりたくない。「みんながちゃんと飯を食えるようにはするつもりだよ」という気持ちと「何も考えないでいちばんおもしろいことをやってたいな」という気持ちがずっと両方ありますね。どちらかに偏りすぎたらいけないなといつも考えてます。
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。