人工知能やクラウド技術などの進化を追い続けている小林雅一氏の新著、『生成AI―「ChatGPT」を支える技術はどのようにビジネスを変え、人間の創造性を揺るがすのか?』が発売された。同書では、ChatGPTの本質的なすごさや、それを支える大規模言語モデル(LLM)のしくみ、OpenAI・マイクロソフト・メタ・Googleといったビッグテックの思惑などがナラティブに綴られており、一般向けの解説書としては決定版とも言える情報量だ。
現在この連載では、小林氏による書き下ろしで、ビジネスパーソンが押さえておくべき「AIの最新状況」をフォローアップ中だ。今回は、生成AI以前には「AIビジネスの本命」とも見られていた「自動運転」の最新状況をお伝えする。
サンフランシスコ市内で、無人タクシーが営業開始
米カリフォルニア州の規制当局は今年8月、大手自動車メーカーやグーグルなどの関連企業がサンフランシスコで運営する無人タクシーのサービス拡充を許可した(無人タクシーとは、ドライバーのいない完全自動運転によるロボット・タクシーのこと)。
これによりサンフランシスコ市内で、昼夜を問わず有料の無人タクシーが営業可能になった。事実上、(無人タクシーに使われる)自動運転技術の実用化が始まったと見ることができる。
優に80万人以上の住民が暮らし、交通量も多いサンフランシスコの市街地は今後、(無人タクシーのような)自動運転車が本格的に普及していけるかどうかを占う試金石になる。
今回、カリフォルニア州の公益事業委員会(CPUC)から許認可を与えられたのは、GM(ゼネラル・モーターズ)傘下の自動運転事業者「クルーズ(Cruise)」と(グーグルの親会社)アルファベット傘下で同じく自動運転事業を営む「ウェイモ(Waymo)」の2社。
これまでクルーズはサンフランシスコ市内で夜間に300台、日中に100台の無人タクシーを運営してきた。このうち夜間の無人タクシーは有料サービスだった。
一方、ウェイモはこれまで昼夜を通じて250台の無人タクシーを無料で運営してきた。今回の許認可を受け、クルーズはサンフランシスコ市内における無人タクシーの営業地域(走行範囲)を拡大するとともに、夜間に加えて日中の無人タクシーでも有料サービスを開始する。
またウェイモはこれまで無料で提供してきた無人タクシーを有料化するとともに、同社のウェイティング・リストに登録されている10万人以上の新規ユーザーに対し無人タクシーの利用を促していく。
いずれもウーバーやリフトのようなスマホ・アプリを利用した配車サービスとして提供され、料金もウーバーなどと同程度となる見通しだ。無人タクシーだから料金は格安になりそうなものだが、実際にはオペレーション・センターにいるスタッフ(人間)が無人タクシーを無線通信で常時監視し、何かトラブルが起きたときは遠隔操作などで対処しなければならない。このための人件費がかかる上、これまで投じた巨額の研究開発費を回収する必要などから(少なくとも現時点では)有人タクシーと同じ位の料金になってしまう。
淘汰が進んだ自動運転の事業者
ここに至るまでの自動運転技術の道のりは平坦ではなかった。
世界的に自動運転のブームが盛り上がった2015年頃には、巨大IT企業や大手自動車メーカーに加え、多数のスタートアップ企業などが自動運転技術の開発と事業化に取り組んでいた。
ところがその後、アプリ配車サービスのウーバーが開発中の自動運転車がテスト走行中に歩行者の死亡事故を引き起こすなど様々なトラブルや問題が発生すると、この技術開発の難しさが関連業界に知れ渡った。また数十億ドル(数千億円)とも言われる巨額の開発費用も大きな負担になった。多くの企業が自社の自動運転開発を中止したり同業他社に売却するなどして、この分野から撤退した。
結果、今では米国で自動運転の開発・事業化に本気で取り組んでいるのは、(前出の)クルーズとウェイモ、そしてテスラなど一握りの有力企業に絞られたと見てかまわない。
このうちウェイモは2017年、アリゾナ州の州都フェニックスの郊外で自社従業員を対象にロボット・タクシー(自動運転タクシー)の運用を開始した。ただ、これらロボ・タクシーの運転席には、万一の衝突事故などを回避するため監視要員が座っていた。
ウェイモは2020年に、アリゾナ州の中規模都市チャンドラー(人口約30万人)でもロボ・タクシーの運用を開始。このサービスは(同社の従業員のみならず)一般乗客を対象としていた。また運転席からは監視要員もいなくなり、完全な無人運転タクシーとなった。運用時間帯は早朝から午後の遅い時間までに限定されており、サービスは無料だった。
これらロボット・タクシーが走行するアリゾナ州郊外の道路は道幅が広く、交通量は比較的少ない。また天候にも恵まれ、豪雨や降雪など自動運転を阻害する要因もほとんどない。これが自動運転の実用化に向けた最初のサービス地域に選ばれた主な理由だ。
一方、クルーズも当初ウェイモなどと同様、監視員が同乗する形でのロボット・タクシーを試験的に提供した。その後2022年1月、交通量の多い大都市サンフランシスコで完全無人運転によるロボット・タクシーの運用を開始した。当時は一般乗客を対象にした無料サービスで、運用時間帯は市内でも人通りの比較的少ない午後10時から翌日の午前6時までに限定されていた。
その後2022年6月、クルーズはカリフォルニア州の規制当局から無人タクシー事業に必要な商業免許を取得。これにより、すでに試験サービスを開始しているサンフランシスコ市内で深夜時間帯に限って無人タクシー事業を有料化した。
同社の後を追うように、ウェイモも2022年3月、サンフランシスコ市内で完全無人運転によるロボット・タクシーの運用を開始した。一般乗客を対象とした無料サービスで、当初の運用時間帯は午後10時30分から翌日の午前5時までに限定されていた。
その後、クルーズもウェイモも(夜間に限定されていた)無人タクシーを24時間サービスへと拡大した。
トラブル頻発で活動家らが激しい抗議活動
以上のように自動運転の実用化を一歩ずつ慎重に進めてきた両社だが、大都市サンフランシスコに進出してからは住民から反発や苦情などが聞かれるようになった。
クルーズもウェイモも乗客を乗せて走る無人タクシーに加えて、今でも研究開発用の試験走行を目的とした自動運転車を市内で多数走らせている。これらの車両は今まで死傷事故のような深刻な事故は引き起こしていないが、それでも市街地の路上で自動運転車が突如停車したまま動かなくなり交通渋滞を引き起こすなどのトラブルはかなり報告されている。また消防車など緊急車両の妨げとなるケースも多い。
前述のカリフォルニア州の公益事業委員会(CPUC)は今年8月初旬に公聴会を開き、サンフランシスコ市民からの苦情や消防局からの報告などを聞き取った。その場で消防局が発表したところでは、今年1~8月までに無人タクシーなどの自動運転車が消防車の前に立ち塞がるなどして妨害したケースが55件に上ったという。
自動運転に雇用を脅かされるタクシー運転手の組合や市民団体などによる、自動運転車への反対運動も活発化している。これら活動家の一部は、サンフランシスコの市街地を走る自動運転車が信号待ち等で停車したときに、そのボンネットに(道路工事などの標識に使われる)コーンを置くことで妨害活動を展開している。自動運転車はボンネットにコーンを置かれると、(何らかの技術的な理由で)停車したまま動かなくなってしまうのだ。
これらのトラブルや反発などを踏まえた上で、CPUCは無人タクシーのサービス拡充を許可したのである。
この決定の理由について、CPUCは「(クルーズやウェイモなどから提出された)問題への対処策は我々の要求に合致していた」とするコメントを出したが、それら対処策の詳細は明らかにしていない。
前途多難な船出に
その後も自動運転車によるトラブルは相次いで発生している。
CPUCがサンフランシスコ市内における無人タクシーのサービス拡充を許可したのが(現地時間で)8月10日の木曜日。翌日の金曜日には、同市ノース・ビーチ近辺の路上でクルーズが運営する無人タクシー10台以上が停車したまま動かなくなり、周辺の交通を約15分間にわたって麻痺させた。
従来、こうした状況ではクルーズのオペレーション・センターに常駐するスタッフが無人タクシーを遠隔操作して素早く事態を打開してきたが、今回は偶々サンフランシスコで開催中の大規模な音楽祭の影響でモバイル通信が逼迫したため、停車した無人タクシーを即座に遠隔操作することができなかったという。
その翌週の15日(火曜日)には同じくクルーズの無人タクシーが、道路工事中で乾き切らない舗装コンクリートの上に停車したまま動かなくなった。この無人タクシーは間もなく現場から回収された模様だが、遠隔操作でコンクリートから抜け出すことができたのか、あるいは同社スタッフが現場に行って回収したのかは明らかにされていない。
さらに同じ週の17日(木曜日)には、やはりクルーズの無人タクシーが(案の定と言うべきか)消防車と衝突し、同タクシーの乗客1人が怪我を負った。
これら度重なるトラブルや事故を受け、カリフォルニア州運輸局はクルーズがサンフランシスコ市内で運営する無人タクシーの台数を400台から200台へと半減することを要請。同社は即座に応じた。この結果、クルーズが同市内で運営する無人タクシーは夜間に150台、日中に50台となった。
運輸局からの要請に応じて稼働台数を削減する前の、クルーズの無人タクシーは僅か400台。この程度の台数でありながら、短期間にこれだけのトラブルや事故を引き起こすというのは前途多難と言わざるを得ない。
一方、ウェイモの無人タクシーは規制当局からの許認可を得て以降、トラブルや事故は起こしていない模様だが、基本的にはクルーズと同様の自動運転技術に基づいている以上、今後とも安泰と見るのは早計だろう。
自動運転は生成AIよりも高い完成度が求められる
こうした自動運転技術と、昨今大流行のChatGPTなど生成AIを対比してみるのも面白い。
同じくディープラーニングのようなAI技術に基づいているとは言え、片や生成AIのほうは企業の職場などにおける導入が順調に進んでいるのに対し、片や自動運転の方は様々なトラブルに見舞われて実用化に四苦八苦している。
理由はある意味で単純明快だ。自動運転車の場合、その技術の完成度がパーフェクトないしはそれに極めて近いものでない限り、市街地の交通を麻痺させたり人身事故など深刻な問題を引き起こしてしまう。
一方、ChatGPTをはじめとする生成AIでも、誤った情報や「幻覚(Hallucination)」と呼ばれる捏造問題等がある程度の頻度で発生するが、こちらは(多少語弊があるかもしれないが)今のところ許容範囲内に止まっている。
もちろん「生成AIが間違っても構わない」とまでは言わないが、(少なくとも現時点では)たとえ間違ったとしても自動車事故のように人が亡くなったり、怪我をしたりするようなことはまず起きないからだ。
技術的な完成度の点で、自動運転と生成AIはもしかしたら、ほぼ同じレベルにあるのかもしれない。しかし現実世界と物理的に関わってくる自動運転が実用化されるためには、より高い完成度が求められるということだ。
因みにChatGPT提供元のOpenAIは2015年の設立当初、ルービックキューブを器用に操る高度ロボット技術の研究開発からスタートしたが、間もなくこの分野に見切りをつけてGPTなど自然言語処理の技術開発へと方向転換した。この理由も、ロボットのように現実世界と物理的にかかわってくる技術ならではのハードルの高さに早々と気付いたからだ。
改めて言うまでもないが、同じ人材と資金を投入するにしても、選ぶ研究テーマによって成果は大幅に違ってくる。異なる技術の事業的な難易度を正確に見極め、その時点でより成功率が高いと判断されるテーマに取り組んだことが、OpenAIのスピーディな成功へと結びついたのかもしれない。