タンクの中の処理水研究は手つかずのまま

 京都大学・放射線生物研究センター特任教授の小松賢志氏はトリチウムを研究した日本の古参の学者だ。福島第一原発の事故が起きる前の1997年、「事故対策としていまだ不明な点が残される放射線障害やトリチウム固有の生物的効果に関する正確な知識の確立は急務である」と論文で指摘している。

 このように、小松氏は「拡散漏えいしやすいトリチウムは取り扱いが難しい核種の一つ」と指摘してきたのだが、やがてトリチウムの研究を打ち切ってしまう。背景にあったのは「予算削減という厳しい台所事情だった」と回想している。

 原発問題の政策提言を行う原子力資料情報室の共同代表である伴英幸氏も「トリチウム問題がクローズアップされるまで、少なくともこの20年ほど日本のトリチウムの研究データはほとんどありません。理由は日本に研究者が少ないためです」と話している。

 また福島第一原発から出た水は、炉心に触れた処理水である点が、通常の原子力発電所から海洋放出されているトリチウムを含む水とは条件が異なる。「炉心に触れた水」の研究はどうなっているのだろうか。
 
「タンクの中で有機結合型のトリチウムが生成されているとの指摘もあり、分析でこれをチェックする必要があると考えています。しかし、タンクの中の処理水については基本的に持ち出せないことになっているので、在野の研究者は誰も分析していないはずです」(伴氏)

 海洋放出を巡っては、日本弁護士連合会が昨年1月20日付で、他の方法の検討を促す意見書を岸田文雄首相に提出していた。その理由の一つをこう掲げている。

「通常の原子力発電所から海洋放出されているトリチウムを含む水は、福島第一原発とは異なり、炉心に触れた水ではなく、トリチウム以外の放射性物質は含まれていない。規制基準以下とはいえ、トリチウム以外の放射性物質が完全には除去されていない福島第一原発における処理水は、通常の原子力発電所の場合とは根本的に異なるものである」