あの映画ヤバかったわ(語彙力)。このパフェ、カロリーエグすぎじゃね(語彙力)。そういう表現を、SNSでよく見かけます。文章における「語彙力」を高めるにはどうすれば良いのでしょうか。国立国語研究所の教授が「雑な文章」を「ていねいな文章」へ書き換える方法を教える新刊『ていねいな文章大全』から、語彙力を高める1つのアプローチを紹介します。(構成・撮影/編集部・今野良介)
便利な言葉を「NGワード」にする
ボキャ貧という言葉があります。
ボキャブラリーの貧困、すなわち語彙力不足のことです。語彙量が乏しく見えると、知性に欠け、勉強や仕事ができないという悪印象につながります。
語彙量が乏しく見える人というのは、同じ言葉を繰り返し使っている人です。話し言葉では「すごい」「やばい」といった形容詞の繰り返しが目立ちますが、書き言葉では名詞の使い方が重要になります。
たとえば、「仕事」という言葉は便利で、何でも「仕事」で片づきますが、同じ言葉で済ませてしまうと、意味の伝わり方が弱くなります。
そこで、日常的ですぐに思い浮かぶ「仕事」のような便利な言葉はあえてNGワードとし、よりよい言葉選びを試みる心がけが大切です。
次の①〜⑥の「仕事」をほかの言葉に置き換える場合、どんな言葉がよさそうでしょうか。
①今朝も早朝、この時間から母は仕事に出ている。
②父の仕事は製薬会社の営業です。
③うちの夫は脱サラをして自分で仕事を始めた。
④うちの妻は休みの日でも家で仕事をしている。
⑤自治会の役員は休日が会議や事務などの仕事で埋まる。
⑥一流選手は、試合のなかの大事な場面でしっかり仕事をする。
こんな言葉に置き換えられる
①「仕事に出かけている」の「仕事」は仕事場のことです。「職場」がよさそうです。より場所が明確であれば、「勤め先の○○」と具体名を記すことも可能です。職場も現地ならば「現場」と表現できますし、建物のなかなら「オフィス」と表現することもできそうです。
②「父の仕事」の「仕事」は、どんな仕事をしているかという仕事の種類のことです。「職業」がよさそうです。「職」と短く表現することもできますが、この文脈ではやや硬いでしょう。
③「自分で仕事を始めた」の「仕事」は、いわゆる「商売」のことです。しかし、「商売」というと業種を限定しますので、「事業」というほうがよいでしょう。つまり、事業主になったということです。外来語を使った「ビジネス」でも適切でしょう。そのほか、「自分で仕事を」の部分を「自営業を」としたり、「仕事を始めた」の部分を「起業した」としたりすることも可能です。
④「家で仕事をしている」というのは、持ち帰り残業でしょうか。片づけなければならない作業をこなすという意味での仕事でしょう。そう考えると「作業」としてもよいのですが、今度は仕事という語感が薄れるので、「業務」や「残業」ぐらいがよさそうです。
⑤「会議や事務などの仕事」といっても、おそらくこの仕事は自治会の役員ですので無給の仕事でしょう。そう考えると、多岐にわたる仕事という意味で、「雑務」あるいは「雑用」などが入りそうです。
⑥「大事な場面でしっかり仕事をする」というときの「仕事」は「よい仕事」の意味です。一流選手はプロのことが多いでしょうから、試合に出るだけで仕事はしているわけです。しかし、与えられた状況でしっかり自分の仕事をこなすという意味でしょうから、「活躍」ぐらいが適切でしょう。より複雑な形にしてよいなら「期待どおりの仕事」「見事な働き」「本領発揮」などの言い換えも可能です。
①今朝も早朝、この時間から母は職場/現場に出ている。
②父の職業は製薬会社の営業です。
③うちの夫は脱サラをして自分で事業/ビジネスを始めた。
④うちの妻は休みの日でも家で業務/残業をこなしている。
⑤自治会の役員は休日が会議や事務などの雑務/雑用で埋まる。
⑥一流選手は、試合のなかの大事な場面で活躍をする。
細やかな使い分けが、語彙選択の正確さを担保します。このような語彙選択を身に着けるには、面倒でも、インターネットの検索などを使って、そうした文脈でよく使われている一般的な語彙をていねいに調べることです。
書き手以外の業種でも、こうした使い分けをきちんと調べて書ける人は、業務上の高い信頼を得ることができるでしょう。
本日発売の拙著『ていねいな文章大全』では、類語辞典の使い方など、語彙力を高める具体的な方法を豊富に紹介しています。
・語彙量に乏しい人は同じ語彙を繰り返し使いやすい。TPOに合わせて、適切な語彙を使い分ける必要がある。
・繰り返し使ってしまう語彙は基本的な多義語であることが多い。それをNGワードに設定し、それを避けるようにすると、語彙力は確実に上がる。
・適切な語彙を選択する力を身に着けるには、インターネットの検索などを使って、当該の文脈に合う一般的な語彙をまめに調べる必要がある。