五島昇・日本商工会議所会頭/佐治敬三・大阪商工会議所会頭
「週刊ダイヤモンド」1986年5月24日号に掲載された、サントリー(現サントリーホールディングス)社長の佐治敬三(1919年11月1日~1999年11月3日)と東京急行電鉄(現東急)社長の五島昇(1916年8月21日~1989年3月20日)による「今こそ世界のリーダーシップを握る好機」と題した対談だ。五島は日本商工会議所会頭、佐治は大阪商工会議所会頭という肩書で登場している。

 当時の日本経済の情勢を反映して、話題の中心は「内需拡大」である。85年9月の「プラザ合意」を機に円高が急速に進行し、輸出型産業を中心に減益傾向が広がる一方で、原材料価格の低下に敏感な産業や内需型産業の業況は好転。いわゆる「景気の二面性」が鮮明になってきた。内需産業の振興にいかに力を入れていくかが、日本経済の大きなテーマだった。

 戦後、日本は経済の立て直しのために、原材料や資金、労働力が不足する中、まずは石炭、鉄鋼などの基礎物資の生産に傾斜的にリソースを割き、それから順次、他の産業部門の生産を回復させるという「傾斜生産」方式を採用した。五島は当時を振り返り「サービス産業というのは第4順位だった。順序が4番目です。資金は上の方が順番に使っていって、それでも余ってからようやく使えるんです。金が回ってこないんだ。じっと我慢している」と話す。

 その「序列」が変わってきたことを、五島は実感を持って語っている。通商産業事務次官だった福川伸次の造語だという「美感遊創」を引用し、美感遊創の需要を振興していく方向に社会の価値観を置き換えるべきだと2人は語り合う。

「重厚長大だけが産業やないで、軽薄短小もええやないか、美感遊創の産業もえやないか。そういうものが一つのクラスター(群れ)になって国ができているんで、重厚長大だけが国を左右しているわけでもないし、輸出産業だけが国のために働いているわけでもあれへんでということですね。そういう認識が広がっていけば、国全体として一つのバランスの取れた産業構造になっていくと思うんです」と佐治も言う。

 サントリーは、佐治の父、鳥井信治郎の時代から「利益三分主義」を掲げ、社会・文化などの分野に利益配分を行ってきた。佐治は社長時代を通じて、サントリー美術館や鳥井音楽財団(現サントリー芸術財団)、サントリー文化財団などを設立し、86年にはサントリーホールを開設している。五島もまた、五島美術館など芸術・文化の振興にも尽力したことで知られる。

 対談の後半で「日本の演歌は世界に通用する音楽の表現様式だ」という話題で盛り上がっているのはご愛嬌だが、日本独自のソフト産業を世界に発信してくべきだという論は、外国人が“クール”と捉える日本の魅力の発信、いわゆる昨今のクールジャパン戦略と相通じるものがある。(敬称略)(週刊ダイヤモンド/ダイヤモンド・オンライン元編集長 深澤 献)

円高不況を乗り切るために
業種移転で内需拡大を

「週刊ダイヤモンド」1986年5月24日号1986年5月24日号より

――世界経済の中でこれからの日本はどうなっていくのか、あるいはこうすべきだということをお話しいただきたいと思います。

五島 今嵐が吹いている。円高不況とか緊急な問題が出ていますね。まず国内の影響をあらゆる努力をして、それこそ業種移転をやっても切り抜けていかざるを得ない。この嵐が過ぎた後は、円高メリットが出てくる。

 ゴルフのハンディキャップじゃないけれども、戦後36のハンディキャップが、ようやく18に上がった(対談当日は175円)。だから、初めのうちはチョコレートを取られますよ。取られているうちに腕前をそこに近づけられるかどうかですよ。

 私は日本の経済力はまだ若いと思うんです。決して構造的に米国のような大きな空洞化を起こしてないですからね。今はパフォーマンスがよく出ている。そうしてみると、おそらくハンディキャップ相応にはなると思うんです。そうなったとき、列強の中でも一人前になってくる。

 今までは経済的には世界で第3番目だけれども、政治的に果たして第3番目かどうか分からないでしょう。政治的にはヨーロッパの方が、格式が高いという気がする。ハンディキャップ相応になって、国際経済との摩擦が、だんだん解消していけば、政治的にも世界のナンバー3にはなれる。

 具体的にどうやったら内需拡大ができるか、今具体的な施策案が出ている。法律も通していかなきゃならないし、行政面で考えなきゃならないけれども、ちょっと心配なのは大型間接税です。これを下手に使うと本当の不況が出てくる。円高不況という言葉には、かなり掛け声不況がありますよ。部分的に厳しい業種もあるけれども、一方に円高メリットもあるんですからね。

 しかし、大型間接税のかけ方いかんによっては本当の不況が来る。これが一番怖いんだな。間接税については、商工会議所は最後まで抵抗する姿勢を崩さないでいるんですよ。

佐治 ずいぶん長い間、輸出優先という姿勢で経済政策が行われてきたわけですが、考えてみますと、輸出は輸入を賄えればいいわけですな。日本が生きるためにどれだけの外貨が必要かという、その辺りの目標値というものを政策基準として、もっと内需を拡大していくような政策が、今まで取れなかったわけじゃないと思うんです。

 現在のような大幅な黒字を計上してしまったのは、日本だけの責任ではなしに、多分に米国産業界の対応の遅れという点もあるわけですけれども、結果としてそうなっている。日本の経済政策の運営が、過去何年間にわたって輸出奨励一本槍で来たことが、現状のベースにあると思うんです。

 例えば、今デザインということが盛んにいわれているわけですね。ファッションとかインテリアデザイン、グラフィックデザイン。そういうものは通産省(現経済産業省)の貿易局に検査デザイン課という所管部署があります。つまり、外国へ輸出する商品を検査するところで、そのデザインを輸出奨励のためにしっかりしたいいものにしていこうというわけです。そういう姿勢がまだ残っている。

 国全体の政策として、内需をどうやって拡大していったらいいかということを考える役所が、今までどこにもおらんわけです。

 通産省に生活産業局というのがありますが、あそこぐらいがそういったことを考える局で、今まではどっちかというと冷や飯を食っていた局です。最近はそれが脚光を浴び始めている。通産省の福川伸次さんが、これからの社会の価値観は美感遊創に置き換えていかなければならないと言っている。それが国内の内需拡大につながる。