東京遷都後の
歴代天皇陛下のお住まい

 明治の東京遷都で皇室は京都から東京に移転された。幕末に本丸御殿は焼失していたので西の丸御殿が皇居になったが、1873年に焼失。紀州藩邸(青山御所。現赤坂御用地・迎賓館)に引っ越されたが、1888年に和洋折衷の明治宮殿が完成した。

 大正天皇は、青山御所で誕生され、明治天皇実母の実家である中山家に預けられ、青山御所に戻られた後に花御殿が建てられた。1910年に現在の迎賓館が完成し東宮御所(赤坂離宮)となるが、明治天皇の崩御で皇居に移られた。このとき、昭憲皇太后は青山御所を大宮御所(皇太后の御所の意味)とされた。

 ただ、大正天皇は葉山や那須の御用邸がお好きで、亡くなられたのも葉山だった。貞明皇太后は現在の仙洞御所のある場所に大宮御所を設け住まわれたが、沼津の御用邸を好まれた。

 昭和天皇は青山御所で1901年に誕生され、御養育掛の川村純義邸、沼津御用邸、青山御所を経て、1913年に高輪東宮御所(現高輪皇族邸)に、関東大地震後の1923年からは赤坂離宮に移られた。

 皇居明治宮殿が空襲で焼失したので、防空壕を備えた御文庫を御所とされた。しばしば半地下の防空壕に住まわれたといわれるが、事実ではない。ただ、住みよい住居ではなかったので、世論の動向も見つつ、1961年に吹上御所が完成した。

 上皇陛下は1933年に皇居で誕生され、1937年には、現在の迎賓館和風別館游心亭の位置の東宮仮御所に移られた。戦時中は奥日光に疎開されたが、仮御所が空襲で焼け、1946年小金井市の東宮御仮寓所に、1949年から渋谷区の常盤松御用邸(旧東伏見宮邸、現常陸宮邸)を東宮仮御所とされ、1960年に旧大宮御所跡に東宮御所が建設された。

 昭和天皇崩御の後、高齢の香淳皇太后の転居を避ける配慮もあって吹上大宮御所となったので、現在の御所が建設され、践祚(せんそ。皇嗣が皇位を継承すること)から4年目の1993年に引っ越された。その間は、従来の東宮御所が赤坂御所と呼ばれた。

 今上陛下は、婚約前の1990年に東宮御所から現赤坂東邸に移られ、1994年に改修工事がされた東宮御所に移られた。その後も、1997年、2008年にも東宮御所改修工事のために現赤坂東邸に一年間ずつ住まわれた。