ようやく手に入れた民主主義を守るため
今の台湾は「人任せにしない」
近藤 そして、最近、日本と台湾との関係で思うのは、これまで、日本にとっての台湾の位置づけは、「日本の近くに台湾があるよね」「台湾って親日だよね」ぐらいな感じで、そこまで台湾の存在を強く意識していたわけではなく、大国・日本を慕ってくれている隣人、という、少し「上から目線」の雰囲気があったと思うんです。
以前、あるメディアで台湾について書いた原稿で、「日本が台湾から学ぶ点があるかもしれない」と記したところ、「それは読者に受け入れられないと思う」と、担当編集者さんに指摘されて、修正したことがありました。
でも、ここ数年の、それこそオードリーさんの活躍も含めた、コロナ禍における台湾政府の、機敏かつ、積極的な立ち回りなどを日本人が見聞きしたことで、台湾に対する意識に変化が生まれました。「台湾から学ぶべき点がたくさんある」という雰囲気に変わってきていて、今こそこうした本が受け入れられる、とても良いチャンスだと思っています。
田中 以前、仕事でオードリーさんの通訳をしたときに、台湾は、日本の統治下だったり、独裁政権下だったりしたので、ようやく手に入れた現在の民主主義をとても大事にしている、とおっしゃっていたことが印象的でした。
近藤 そうなんです。今の台湾は、社会全体で「人任せにしない」という雰囲気があります。少しでも油断すると、今の民主主義が奪われて、独裁者の時代に逆戻りするのではという恐れの気持ちが強いんです。だからこそ、権力を持つ者から目を離さないですし、ブラックボックスを絶対に許さないんです。
田中 なるほど。オードリーさんは、人々から何か声が上がったときには、すぐに反応して、経緯や事情をきちんと開示し、透明性を持って対応するということが、いかに大事かを話されていました。
オードリーさんの活躍も含め、透明性の重要性を認識している社会、ダイバーシティを大切にする学校教育、半導体製造のTSMCといった企業の躍進など、日本側の台湾を見る目も変わらざるを得ない状況になってきているんですね。
年長者や専門家による定義から始めるな
社会を変える時こそ対話と多様性が重要
近藤 台湾出身のジル・チャンさんのビジネス書『「静かな人」の戦略書』がヒットしたりもしていますね。これまで、台湾人が書いたビジネス書や自己啓発書が、日本で出版されたことはほとんどありませんでした。今回の自主学習の本の内容も、おそらく読者にとって新鮮だと思います。
田中 「人任せにしない社会」は重要ですね。そのような中、日本社会が苦手なのは、やはりコミュニケーションです。大多数の意見、あるいは、立場が上の人の意見に対し、反対意見や、「ネガティブに捉えられかねない」ことは、発言しにくい。結果、変えたほうがいいことがあっても言いづらくなり、人任せになってしまう。
何かを良い方向へと変えていくためには、既存の選択肢とは別の選択肢を出していくことが絶対的に必要です。表面的な意見だけではなく、多様な視点からの意見を生かすには、垣根を越えたコミュニケーションは不可欠です。
コミュニケーションがなく、多様性が尊重されない社会では、オードリーさんのような才能は開花することなくつぶされてしまう。恐ろしいですよね。オードリーさん自身、自殺も考えるほどのつらい思いを経験されています。
才能を持っていたけれど、従来のシステムに合わずにつぶされていった人は、相当な数いるはずです。それを乗り越えて社会の変革に貢献したオードリーさんやリーさんの存在は大きいですね。従来のシステムになじまない、あのようなすごい人がいるんだと、多様性を受け入れやすくなる。
近藤 おっしゃるとおりで、社会を変える時こそ、対話と多様性は重要だと思います。
日本では何かを始めるとき、「不登校とはこういうもので」とか「自主学習とはこういうもので」と、年長者や専門家による定義からスタートします。そうではなくて、「不登校ってそもそもどういうことだろう」とか「自主学習って何だろう」とかを、みんなで話し合って、粗々のオリジナルでいいから、どう定義できるかを、まずはその場で考えてみることに大きな意味があるのではないでしょうか。
田中 あくまでざっくりとした表現ですが、欧米では、意見が分かれるとロジカルに白黒はっきりさせようとする傾向が比較的強いように思えます。もちろん、ロジカルに話したり、ロジカルに決めたりすることも重要です。
一方で、日本を含めた東洋は、良くも悪くもあいまいにしたがります。それは、ネガティブ・ケイパビリティとでも言うべき、曖昧なものを曖昧なままで受け入れる能力で、それも必要だと思うんです。その意味では、日本は本来、多様性を受け入れることは得意なのではないかと思うんです。
近藤 そうですね。変化のきっかけさえあれば、その特性を良い方向へ一気に発揮することができるかもしれません。もちろん違うところもたくさんありますが、東アジア同士、共通する文化や歴史も多く、親和性が高いので、お互いに学び合うことができる。台湾の成功事例はとても参考になるのではないかと思います。
台湾人はもともと日本のことを好きな人が多いですが、日本でも「日本の近くに位置している国」というだけでなく、「日本の身近な国」として知ろうとする人が増えてきていて、とてもうれしいです。私ももっともっと台湾のことを勉強したいと思います。