人を動かすには「論理的な正しさ」「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。人間が生得的に持っているこの心理的な傾向をビジネスや公共分野に活かそうとする動きはますます活発になっている。認知バイアスを利用した「行動経済学」について理解を深めることは、様々なリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から私たちの生活を取り囲む様々な認知バイアスについて豊富な事例と科学的知見を紹介しながら、有益なアドバイスを提供する。

頭のいい人も「ワクチンは怖い」と感じる科学的理由Photo: Adobe Stock

病気にかかるよりもワクチンの副作用が怖い

 人間は、概してリスクを好まない。それは科学研究が示しているだけでなく、人々の日常生活を観察することからもわかる。

 私たちは高い金を払って有名ブランドのトースターを買い、レンタカーに割高な保険をかける。退屈な仕事にしがみつき、馴染みのレストランにばかり通う。
 すべては人類が進化の過程で身につけた、リスク回避の傾向がもたらしたものだ。

 人間の脳はリスクを回避するように進化してきた。基本的に、あえてリスクをつくり出そうとはしない。

 その結果、人は自ら求めたりつくり出したりしたリスクよりも、自然に存在するリスクを受け入れやすい。この現象は自然リスクバイアスと呼ぶことができる。

 たとえば、筆者(ティム)はスケートボードが好きな娘のために、「転ぶのはこのスポーツをするのにつきものの自然なリスクだ」と思いながら、ヘルメットを買った。

 だが、ヘルメットを正しく装着しないと首を負傷するリスクが跳ね上がることを知り、怖くなった。

 スケートボードで転ぶという自然なリスクは受け入れやすかったが、ヘルメットを買ったことで付随的に生じたリスクには強い抵抗を覚えたのだ。

 自然リスクバイアスは、私たちが医療を受ける際の判断にも大きな影響を与えている。

 薬やワクチン、治療によって生じる副作用や合併症のリスクは極めて少ない。

 だが、病気の結果として自然に負うことになるリスクと比べて、患者はこれらの人工的なリスクを強く恐れるのだ。

(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から一部を抜粋・改変したものです)