地域の人々から集めた古着を
自分たちで器に変えて展示

 今回新しく登場した作品も多い。新進気鋭の若手アーティスト・嘉春佳氏の『祈りのかたち』もそうだ。

 この土地の人々が、五穀豊穣への祈りや感謝を表す農耕儀礼に「あえのこと」がある。 “あえ”とはもてなし、“こと”とは祭りを意味する。年の暮れと早春の時期に、たくさんの料理を「器」に盛って神にお供えし、五穀豊穣を祈る。

 また、珠洲は船に乗って海からやってきた文化や技術を受け入れてきたが、この船を「器」にたとえた。船は珠洲の人々にとってとても大切なものであり、航海の安全を常に祈っている。

 2つの「祈り」の象徴である「器」をテーマにしたのが、嘉氏の作品だ。地域の人々から500着もの古着を集め、それを「器」の形に変え、廃校になった小中学校の図書室の天井から吊るして展示。

 また、隣の図工室に入ると一つ一つ古着の器が並べられている。これらは20代から90代の住民がワークショップに参加して作ったものだ。器の横には住民たちのコメントが添えられている。

「8月6日 晴 (日) 若い人と一緒に古着の作り方を学んで 80歳の手習いで教えていただいてうれしく思っております。若い時着た洋服なつかしく思います」(原文ママ)

 可愛らしいおばあちゃんが一生懸命に器を作る姿が目に浮かぶ。器のもととなった洋服を着ていた頃の記憶や生活の痕跡があふれ、役目を終えた学校に息を吹き込んだかのよう。

 

ど素人でも腑に落ちる現代アートの鑑賞法、ウォーホルを知らなくても大丈夫天井から吊り下げられた古着の器たち 嘉春佳作『祈りのかたち』 画像提供:奥能登国際芸術祭実行委員会事務局 

 

 珠洲市立旧西部小学校体育館を改修した「スズ・シアター・ミュージアム」は、歴史民俗博物館として蘇った。珠洲の家庭で使用された民具や生活用具を集め、展示・紹介する。それとともに、アーティストらによる民具を用いた現代アートを展開するなど、博物館とアートが融合した施設である。

 ミュージアムの横には、日本が誇る建築家・坂茂氏設計の『潮騒レストラン』があり、珠洲で採れた海鮮や塩を用いたメニューが提供される(芸術祭閉幕後も営業)。珠洲は海鮮類が抜群においしい。目で見て、耳で聴いて、舌で味わって、五感で楽しめる芸術祭といえる。

ど素人でも腑に落ちる現代アートの鑑賞法、ウォーホルを知らなくても大丈夫学校の体育館を改修してできた「スズ・シアター・ミュージアム」 Photo by Keizo Kioku 写真提供:奥能登国際芸術祭実行委員会事務局
ど素人でも腑に落ちる現代アートの鑑賞法、ウォーホルを知らなくても大丈夫坂茂作『潮騒レストラン』。ヒノキを圧縮し、鉄骨のような形状の構造は世界初の試み。テラスからは絶景が見渡せる 施設パース図提供:奥能登国際芸術祭実行委員会事務局

 

 現代アートには“正解”はない。自分が見たままの感覚を噛み締め、味わい、作品の歴史や背景に触れる。地方の芸術祭は、それを肌で感じられる格好の場所だ。