人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【医師が解き明かす】猛毒生物「ヒーラモンスター」から生まれた画期的な新薬Photo: Adobe Stock

ヒーラモンスター

 アメリカ南西部からメキシコにかけての乾燥地帯に生息するアメリカドクトカゲは、「ヒーラモンスター」とも呼ばれ、猛毒を持つトカゲである。

 体長は約六〇センチメートル、黒地に黄色やピンクの斑点を持ち、外見はいかにも毒々しい。

 噛み付いた相手に送り込むのは強力な神経毒だ。

 一九九二年、アメリカの科学者ジョン・エングは、このトカゲの毒に含まれる物質に注目し、「エクセンディン-4」と名づけた。これが、糖尿病の新薬開発に繋がる第一歩だった。

 彼がエクセンディン-4に目をつけたのには理由があった。人間の持つホルモンの一つ「GLP-1」によく似た構造をしていたことだ。

新たな糖尿病の薬

 GLP-1は食後に小腸から分泌されるホルモンで、インスリンの分泌を促したり、食欲を抑えたりなど、血糖値を下げる方向に働く。だがGLP-1は寿命が短く、生体内でDPP-4という酵素によって一~二分で分解されてしまう。

 一方のエクセンディン-4は、構造上はGLP-1とよく似ていながら、DPP-4には分解されにくい性質があった。つまり、血糖値を下げる作用が長持ちし、薬として使える可能性があったのだ。

 エクセンディン-4がヒントになって生まれた新たな糖尿病薬は「GLP-1受容体作動薬」と総称され、二〇〇五年に初めてアメリカで承認された。

 現在、トルリシティやオゼンピック、リベルサスなどさまざまなタイプの商品が販売され、現役の糖尿病薬として活躍している。

売り上げ一兆円を超えるヒット商品

 それどころか、二〇二二年の医薬品売り上げ世界ランキングでトルリシティとオゼンピックはベスト10にランクインし、ともに売り上げ一兆円を超えるベストセラーだ。

 二〇一三年、ジョン・エングはその功績から、革新的な基礎研究に与えられる「ゴールデングース賞」を受賞した。

 トカゲの毒から、まさに名薬が生まれたのである。

 なお、GLP-1受容体作動薬や類似の治療薬が、その食欲を抑える作用ゆえ、美容やダイエットを目的に不適切使用されるケースが近年増えており、日本糖尿病学会や厚労省、製薬メーカーが危険性について警告する事態に至っている(※)。

 毒と薬は表裏一体だ。効果の高い名薬であればこそ、適切に使用しなければ健康を脅かす恐れもあるのだ。

(※)参考文献
   http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?content_id=191
   https://medical.jiji.com/news/56947
   https://www.mhlw.go.jp/content/000694624.pdf

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学を抜粋、編集したものです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に18万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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