「ヒット作を生み出したい」とは、ビジネスパーソンなら誰もが夢見ることだ。日本中の人がその商品の名前を知っている「メガヒット」ならなおさらよい。「綾鷹」「檸檬堂」「からだすこやか茶W」「SK-Ⅱ」「ファブリーズ」「ジョイ」…これらの商品は、ほとんどの日本人が知っているメガヒット商品だ。これらの商品を大ヒットに導いたのは、P&Gジャパン、日本コカ・コーラを渡り歩いた伝説のマーケター・和佐高志氏である。彼の初の著書『メガヒットが連発する 殻を破る思考法』(ダイヤモンド社)から一部を抜粋・編集して、ヒット作を生み出すコツを学ぶ。

「食器洗いをするお母さん」が必要としているものとは?  Photo: Adobe Stock

ターゲットの「隠れた心理」から徹底して考える

 洗剤の「ジョイ」は、長くタレントの高田純次さんが出演していたCM「チャレンジジョイ」のキャンペーンで人気を博していました。ご家庭を高田さんが訪問し、カレー鍋など油汚れの激しいものに「ジョイ」が強いことを映像を使ってアピールしていく。「油汚れにジョイ」というキャッチフレーズも、とてもわかりやすくて、いいキャンペーンだったと思います。「ジョイ」は食器洗い洗剤のカテゴリーでナンバーワンブランドになっていました。

 ところが、近年売り上げの伸びが止まってしまっていたのです。そこに、競合がじわじわと後追いをしてきている状況でした。

 高田さんが登場するキャンペーンは、たしかに効果を生んだ、とても素晴らしいものでした。しかし、キャンペーンというのは、永遠に支持されるものではありません。しつこくテレビCMを展開しても、「ああ、またあのキャンペーンだ」となってしまうのです。

 そこで、私と当時のジョイのブランドマネジャーが代理店に新しいキャンペーンを作ってほしいと依頼をかけました。しかし、高田さんのキャンペーンが大人気だっただけに、リスクが高いと代理店は及び腰です。

 私は、100年続くキャンペーンはない、どこかで変えなければいけない、まずはテストマーケティングをやってみよう、と言いました。一方で高田さんのキャンペーンも残し、その差を見ればいいじゃないか、と伝えたのです。

 そして北海道で始めたのが、「ジョイくん」というキャラクターを使ったテレビCMでした。マーケティングで重要なのは、いかに消費者のインサイト(隠れた心理)をうまく捉えられるか、です。「コーラック」にせよ、「ウィスパー」にせよ、「マックスファクター」や「SK‐Ⅱ」にせよ、製品がインサイトをうまく捉え、かつまたマーケティング活動もインサイトを捉えることができたからこそ、ヒットしたのです。「ジョイ」もまた、インサイトをまさに捉えることができた、わかりやすくて大きな成功例だと思います。

 インサイトを理解するために私がチームのメンバーに伝えたのは、食器洗いというのは、どのようなシチュエーションで行われているのか、徹底的に洗い出してみてほしい、でした。

 たとえば土曜日の夕方7時前。小学生の男の子の兄弟のいる家庭で、子どもたちの大好きなカレーライスを食べる。7時から始まる巨人×阪神のプロ野球中継をお父さんも子どもも楽しみにしている。おいしそうにカレーを食べ終えると、「ごちそうさま」と言って、3人はテレビの前に行き、盛り上がる。残されたお母さんの前には、カレーライスのお皿とカレー鍋。「この油汚れ、大変なのよね」と、盛り上がる子どもたちをよそに、ちょっぴり元気をなくすお母さん。それが当時の一般的な風景でした。

 そこに登場するのが、「ジョイくん」。「お母さん、ボクが応援するから一緒に頑張ろうよ」。擬人化されたキャラクター「ジョイくん」は、こうしてお母さんを応援してくれる。

 お母さんの嫌いな家事ナンバーワンはアイロンがけです。そして2番目が、食器洗いなのです。この2番目に嫌いな食器洗いを助けてくれるキャラクターが登場したら、面白いドラマができるのでは、と考えたのです。

 インサイトは、チームのみんなでディスカッションしていきました。そして、「ジョイくん」というキャラクターを生み出すことができたのです。

 実は当初は「ジョイくん」は小さなボトルキャラクターの「しゃべるジョイくん」でした。でも、これではドラマがあまり生み出せないのでは、ということで、「大きなジョイくん」にすることにしました。

 それも、かわいくてもダメだし、嫌われてもダメだし、ちょっとクセのあるキャラクターが良かった。声も大事です。私は方向性が決まった後は基本的に任せる主義なのですが、このとき一つだけノーと言ったのが、「ジョイくん」の声でした。

 チームが提案してきたのは、ある漫才師の声。しかし、私は直感的に違うと思いました。お母さんを応援してくれるのは、子どものほうがいい。だからジョイくんの声は子どもであるべきなのです。実はすでにその漫才師と契約の寸前だったのですが、私はこれだけは絶対に譲ることができない、と言いました。

 それで関西弁の男の子を起用し、「ジョイくん」の表情もいろいろなパターンを作り、練りに練って北海道でCMをスタートさせたら、なんとシェアがぐんぐん伸びていったのです。こうして「ジョイくん」のキャンペーンは全国に展開されることになります。

 売り上げの伸びが鈍化していた「ジョイ」は、久しぶりに勢いを取り戻し、大きく成長していくことになりました。新しいキャンペーンは、大成功を収めたのです。

「食器洗いをするお母さん」が必要としているものとは?  

和佐高志(わさたかし)1990年、同志社大学文学部新聞学科卒業後、P&Gジャパン・マーケティング本部入社。医薬品、紙製品のマーケティングに始まり、化粧品&スキンケア、洗濯関連カテゴリー等を担当。ブランドと人材育成の実績を重ね、ブランドマネジャーからマーケティングディレクターへ。2006年、紙製品、化粧品&スキンケア事業部担当のジェネラルマネジャーとして、P&Lの責任を持つ。2009年より、日本コカ・コーラのお茶カテゴリーマーケティング責任者。「太陽のマテ茶」や「からだすこやか茶W」などの新製品発売および「綾鷹」ブランドの立て直しなどによるお茶カテゴリーV字回復を実現。2013年、同社副社長に就任し、「ジョージア ヨーロピアン」「世界は誰かの仕事でできている。」キャンペーンなど複数の大型ブランドのビジネス拡大推進をリード。2019年にコカ・コーラ社世界初となるアルコールブランド「檸檬堂」の開発責任者として成功を収め、最高マーケティング責任者に就任。2020年、日経クロストレンドが選出する、マーケター・オブ・ザ・イヤー大賞受賞。2023年、同社を退社。株式会社Jukebox Dreams(ジュークボックスドリームズ)を設立、同社代表取締役CEO就任。