「ヒット作を生み出したい」とは、ビジネスパーソンなら誰もが夢見ることだ。日本中の人がその商品の名前を知っている「メガヒット」ならなおさらよい。「綾鷹」「檸檬堂」「からだすこやか茶W」「SK-Ⅱ」「ファブリーズ」「ジョイ」…これらの商品は、ほとんどの日本人が知っているメガヒット商品だ。これらの商品を大ヒットに導いたのは、P&Gジャパン、日本コカ・コーラを渡り歩いた伝説のマーケター・和佐高志氏である。彼の初の著書『メガヒットが連発する 殻を破る思考法』(ダイヤモンド社)から一部を抜粋・編集して、ヒット作を生み出すコツを学ぶ。

「イノベーションのジレンマ」はなぜ起こるのか?Photo: Adobe Stock

破壊的なイノベーションは新しい市場を生み出す

 ソニーの「ウォークマン」は、音楽を外に持ち出そう、というきわめてシンプルな発想から生まれました。驚くほど高度なテクノロジーが必要だったわけでもない。小さくして外に持ち出そうとしただけです。

 スリーエムの「ポスト・イット」は、開発中の接着剤がはがれやすいという失敗を逆手に取った破壊的イノベーションでした。

 任天堂の「Wii」は、ゲームの既存ユーザーではなく、ファミリーユーザーに緩く遊んでもらう、という発想からまったく新しいマーケットを開拓しました。「ゲームで運動しよう」という逆転の発想です。

 破壊的なイノベーションは、まったく新しい市場を生み出します。にもかかわらず、企業にとって危険な落とし穴は、破壊的なイノベーションはやっぱり難しいから、と持続的なイノベーションばかりに一生懸命になってしまうことです。

 言葉を変えると、「知の探索」ではなく「知の深化」にばかり意識が向かってしまう。探索をしなくなってしまう。そのほうが、ラクチンに見えるからでしょう。そうなると中長期的にはイノベーションの力は停滞します。これは「コンピテンシートラップ」と呼ばれています。「レッドオーシャン」「ブルーオーシャン」という言葉も、同じことを違う言い方で言っているだけです。

「知の深化」に向かうと競合が多く、価格競争に陥ってしまう。これが「レッドオーシャン」。しかし、「知の探索」で成功すれば先行者利益が得られる。これが「ブルーオーシャン」。

 わかりやすい例に、富士フイルムとイーストマン・コダックがあります。コダックは、会社としては初めてデジタルカメラを開発するのですが、当初は画質が悪かった。そこで当時の上層部は、フィルムよりも劣る画質のテクノロジーなど必要ない、と判断してしまったのです。富士フイルムは、同じくフィルムメーカーでしたが、デジタルの可能性にも目をつけていた。そしてフィルム事業の将来の危うさを見抜き、そこから「知の探索」によって美容や医療の領域に舵を切っていきました。後にコダックは倒産に追い込まれます。

 目の前の短期的な効率を求め、「知の深化」に傾倒してしまうと、中長期的なイノベーションが停滞する「コンピテンシートラップ」に陥ってしまうのです。

 他にも、携帯端末の「ブラックベリー」と「iPhone」がそうでしょう。テキストはタイプするものと「ブラックベリー」は考え、あくまでタイプにこだわってイノベーションを考えていったわけですが、タッチパネルを持った「iPhone」のスワイプという手法が出てきて、消費者はどんどんそちらに向かってしまった。「ブラックベリー」は、マーケットから姿を消したのです。

「イノベーションのジレンマ」はなぜ起こるのか?

和佐高志(わさたかし)1990年、同志社大学文学部新聞学科卒業後、P&Gジャパン・マーケティング本部入社。医薬品、紙製品のマーケティングに始まり、化粧品&スキンケア、洗濯関連カテゴリー等を担当。ブランドと人材育成の実績を重ね、ブランドマネジャーからマーケティングディレクターへ。2006年、紙製品、化粧品&スキンケア事業部担当のジェネラルマネジャーとして、P&Lの責任を持つ。2009年より、日本コカ・コーラのお茶カテゴリーマーケティング責任者。「太陽のマテ茶」や「からだすこやか茶W」などの新製品発売および「綾鷹」ブランドの立て直しなどによるお茶カテゴリーV字回復を実現。2013年、同社副社長に就任し、「ジョージア ヨーロピアン」「世界は誰かの仕事でできている。」キャンペーンなど複数の大型ブランドのビジネス拡大推進をリード。2019年にコカ・コーラ社世界初となるアルコールブランド「檸檬堂」の開発責任者として成功を収め、最高マーケティング責任者に就任。2020年、日経クロストレンドが選出する、マーケター・オブ・ザ・イヤー大賞受賞。2023年、同社を退社。株式会社Jukebox Dreams(ジュークボックスドリームズ)を設立、同社代表取締役CEO就任。