「ヒット作を生み出したい」とは、ビジネスパーソンなら誰もが夢見ることだ。日本中の人がその商品の名前を知っている「メガヒット」ならなおさらよい。「綾鷹」「檸檬堂」「からだすこやか茶W」「SK-Ⅱ」「ファブリーズ」「ジョイ」…これらの商品は、ほとんどの日本人が知っているメガヒット商品だ。これらの商品を大ヒットに導いたのは、P&Gジャパン、日本コカ・コーラを渡り歩いた伝説のマーケター・和佐高志氏である。彼の初の著書『メガヒットが連発する 殻を破る思考法』(ダイヤモンド社)から一部を抜粋・編集して、ヒット作を生み出すコツを学ぶ。

どんなに頑張っても絶対に売れない商品の特徴Photo: Adobe Stock

「綾鷹」以外の2つのブランドを撤退させた理由

 2001年から2007年まで、日本コカ・コーラのお茶はまさに混迷期にありました。そんな中で、当時の担当者が投入したのが「綾鷹」でした。しかし、「綾鷹」のシェアは私が入社したときは2%程度。もっとも売れていないブランドだったのです。

 日本コカ・コーラの緑茶は、3つのブランドで展開されていました。「茶織(さおり)」「茶花(ちゃか)」そして「綾鷹」。この3つで緑茶市場の13%のシェアを持っていました。3つのうち、「綾鷹」がもっとも新しく、2007年に生まれたブランドでした。

 お茶カテゴリーの再生にあたっては、売れていない「綾鷹」をやめて、新しいブランドを立ててほしい、という声が社内から上がっていました。しかし、私はそうは思いませんでした。むしろ「綾鷹」を残し、他の2ブランドを撤退させることを考えたのです。当然社内の反発は大きかったです。なぜもっとも売れていないブランドを残し、売れているブランドをやめるのか、と。

 その理由はこうです。「綾鷹」は当時の担当者が、差別化を狙って作った製品でした。いわゆる「Point of difference」、競合との差別化を強く意識していたのです。逆に言えば、「綾鷹」以外には、ブランドの強みとなる「エッジ」がありませんでした。競合商品と同じようなポジショニングで攻めようとしても、そこには買う理由がありません。必要なのは、差別化された商品コンセプトでした。そのエッジとは何か。「綾鷹」がすべてのお茶の中で唯一、濁(にご)っていて、味が特別にいいお茶だったということです。「濁りのある、唯一のプレミアム緑茶」というポジショニングの製品だったのです。

 濁っていることは、一見ネガティブに捉えられがちですが、そうではない。そもそもお茶は急須でいれるもので、急須でいれたお茶は濁っているのです。本物に近いということです。

 だから当時の担当者は、これをプレミアム市場で打ち出そうとしました。宇治にある老舗茶問屋「上林春松(かんばやししゅんしょう)本店」に監修してもらい、425ミリリットルで158円という小容量・高価格で展開。さらに切り子デザインの斬新なパッケージを採用していました。

 ところが、「綾鷹」導入後も、シェアにはまったく変化がありませんでした。プレミアム市場では、特別なときに飲むお茶、という認識になってしまいます。たしかにこの市場はあるのかもしれませんが、あってもニッチだったのです。

 お茶は当時すでに完全にコモディティ(日用品)化していました。スーパーでは、かなりの安値で売られていた。おそらくどのメーカーでも利益を出すのが難しい状態だったと思われます。プレミアム市場を狙ったのは、利益の取れるコンビニ専用にしようという発想もあったからでしょう。しかし、いかんせんマーケットが小さすぎたのです。しかも、テレビCMでも製品としての本質を伝えられず、トライアル(初回購入)率も低く、ビジネスは伸び悩んでいました。

 しかし、エッジがあるのは「綾鷹」しかない、と私は判断しました。それくらい、差別化できる「エッジ」というのは重要なのです。

 私はまず、「綾鷹」が置かれている現状を理解しようとしました。そこで「3Aアナリシス」に取り組みました。「Acceptability(受容性/消費者からの受け入れやすさ)」「Availability(店頭にどのように置かれているかという配荷)」「Affordability(価格/買い物しやすさ)」という3点で、製品の状況を見ていったのです。

 いずれも残念な結果が出ていました。味はおいしいという評価が出ていたのに、「特別なときに飲むお茶」「濁っていて苦そう」というイメージで捉えられていた。配荷は低調で、店頭に並んでいなかった。さらに価格もプレミアム市場を狙ったわけですから高い。「3A」のほとんどが悪かったわけですから、売れるはずがありませんでした。

 そこで取り組んだのは、おいしい味はそのままに、「綾鷹」のポジショニングを変えることでした。「限られた人のためのプレミアムブレンド」から「手いれのお茶に一番近いお茶」にリポジショニングしたのです。

 あくまで狙いは消費者マーケットの「ど真ん中」。そこで差別化する。そのために「3A」を一つずつ改善していったのです。

どんなに頑張っても絶対に売れない商品の特徴

和佐高志(わさたかし)1990年、同志社大学文学部新聞学科卒業後、P&Gジャパン・マーケティング本部入社。医薬品、紙製品のマーケティングに始まり、化粧品&スキンケア、洗濯関連カテゴリー等を担当。ブランドと人材育成の実績を重ね、ブランドマネジャーからマーケティングディレクターへ。2006年、紙製品、化粧品&スキンケア事業部担当のジェネラルマネジャーとして、P&Lの責任を持つ。2009年より、日本コカ・コーラのお茶カテゴリーマーケティング責任者。「太陽のマテ茶」や「からだすこやか茶W」などの新製品発売および「綾鷹」ブランドの立て直しなどによるお茶カテゴリーV字回復を実現。2013年、同社副社長に就任し、「ジョージア ヨーロピアン」「世界は誰かの仕事でできている。」キャンペーンなど複数の大型ブランドのビジネス拡大推進をリード。2019年にコカ・コーラ社世界初となるアルコールブランド「檸檬堂」の開発責任者として成功を収め、最高マーケティング責任者に就任。2020年、日経クロストレンドが選出する、マーケター・オブ・ザ・イヤー大賞受賞。2023年、同社を退社。株式会社Jukebox Dreams(ジュークボックスドリームズ)を設立、同社代表取締役CEO就任。