2022年2月、勃発したロシアによるウクライナ侵攻。日増しに戦いが激化していく中、ロシアに暮らす人たちは何を感じ、この戦争をどう見ているのだろうか。戦時下のロシア市民が俳句に込めた思いに迫った。本稿は、馬場朝子『俳句が伝える戦時下のロシア』(現代書館)の一部を抜粋・編集したものです。
ロシアの俳人にインタビュー
戦時下で詠まれる理由を探る
2022年2月24日、ロシアが突然ウクライナに侵攻、戦争がはじまりました。長年、ソ連・ロシアと関わってきた私にとって、思いもよらないことでした。
私はソ連時代にモスクワの大学に6年間留学し、帰国後はNHKでソ連、ロシアのドキュメンタリーを40本ほど制作してきました。
半世紀にわたって関わってきたロシアの許されない蛮行に言葉も出ませんでした。すぐにロシア、ウクライナ双方の友人、知人たちに連絡をとりましたが、皆、信じられないと呆然としていました。
かつて1つの国だったロシアとウクライナの戦争は、親戚や友人が敵味方で戦うことを強いられる悲惨な戦争です。すぐに終わるのではないかとのかすかな希望も叶わず、戦争はいまも続いています。
そんな中、ロシアの友人が俳句を1句、送ってくれました。
ヘリ低く
飛びて不安の
風吹きぬ
その句には日々の暮らしの中での友人の心配と恐れがこめられていました。このような状況の中で、ウクライナそしてロシアの俳人たちは何を感じ、何を俳句に詠んでいるのか、そもそも俳句を詠み続けているのか、双方の俳人たちに取材を試みようと思いました。
意外かもしれませんが、実はソ連時代から俳句は親しまれています。ソ連崩壊後はインターネットでも交流が進み、さまざまな俳句サークルも誕生し、俳句ブームが起きました。モスクワでは日本の国際交流基金主催の「国際ロシア語俳句コンクール」も開催され、本格的な俳人たちも育ってきました。
ロシアで10人の俳人たちと連絡がとれ、俳句を送っていただくことができました(※編集部注/ウクライナの俳人については、別記事をご覧ください)。
送っていただいた俳句には、戦争の日々を生きている人にしか詠めない、戦争のリアルと深い悲しみが綴られていました。
この句を詠んだ方々の話を聞いてみたい、句にこめられた思いを伝えたいと、NHK、ETV特集では番組の制作を開始しました。現地を訪れることは困難な状況でしたので、リモートでインタビューを依頼すると、8名の方々が応じてくださいました。そして率直に戦争についての体験や思いを語ってくれたのです。
俳句の翻訳にあたっては、原語になるべく忠実であることと日本の俳句特有のリズムを表現することを目指しました。
ここで紹介するのはモスクワ在住のロシア人、ナタリアさんです。大学卒業後、会計士や技師として働き、税務署に勤務していました。現在はモスクワ市内の病院の運営部門で働いています。