戦争がミラノの窓にもたらしたものとは
そのうちに私の観察当初は予想していなかったことも分かってきます。第二次世界大戦中のミラノの事情です。ご存知のように、ナチスドイツの制圧に抵抗する人たちがいましたが、その活動で名を残した人たちが住んでいた建物には、外壁に石碑が設えてあります。
外壁に大きく下を指す矢印は防空壕の場所を示しています。20年近く、その場所の前を通っていながら、まったく気にとめていませんでしたが、美容院で髪の毛を切ってもらいながら、窓の散策の話をしていたら、美容師から「この隣にある建物の外壁の矢印の意味を知っている?」と聞かれ、初めてそのことを知ったのです。
この観察をはじめてから、雑談の折に窓のことを話題に出すようになりました。その度にそれに関わる歴史について教えてもらい、空間と時間の関係を実感するようになったのです。窓が「明かりをとる」、「風を通す」といった機能だけでなく、建物の歴史や背景を伝える意味もあったと自分なりの解釈ができたことで、私の好奇心はさらに刺激されました。
収穫だったのは、イタリアの友人たちは散策している時の目線が上を向いていると気づいたことです。もちろん、その人がデザイナーかどうかに関わらず、です。てっきりショーウインドーばかり見ていると私が思っていたら、視線の先には2階以上の窓や外壁があったわけです。この観察をはじめる契機になったカーデザイナーの言葉が腑に落ちました。
もう一つ、同じものを何度も繰り返し見ることの重要さを再認識しました。デッサンは観察力を向上させると言われますが、散歩も似た効用があります。トリノでバロック様式を理解した経験と重なります。みなさんも、何か自分が関心のある「何か」をひとつ決めて街を歩き回ってみてください。「これはこの目的のもの」という固定観念から解き放たれ、新しい意味の解釈に出会えるかもしれません。
因みに、ヴェネツィアでこの窓観察をすると、かつてのヴェネツィアの社会構造がより見えます。参考までに、ヴェネツィアの写真も掲載しておきましょう。