「アンガーマネジメントより効果的な方法があります」
そう語るのは、これまでネット上で若者を中心に1万人以上の悩みを解決してきた精神科医・いっちー氏だ。「モヤモヤがなくなった」「イライラの対処法がわかった」など、感情のコントロール方法をまとめた『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』では、どうすればめんどくさい自分を変えられるかを詳しく説明している。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、考え方次第でラクになれる方法を解説する。(構成/種岡 健)
自分へのイライラが止まらなくなる
会社員のユキさん(仮名)は、感情が抑えられずに人前で泣いてしまう悩みを抱えています。
ユキさんは、周囲から大人しい印象を持たれていました。少し引っ込み思案でしたが、友達もいて、いじめなどもなく、事務のアルバイトをこなしていました。
あるとき、仕事でミスをしてしまい、それを同僚がカバーしてくれた日のことです。
「大丈夫だよ」と、声をかけられた瞬間、涙が止まらなくなってしまいました。
一人で家にいるときは泣いたりしないのに、なぜか人前で泣いてしまうのです。
そんな自分が嫌で仕方なく、自分への怒りが爆発して、さらに涙が止まらなくなると言います。
やがて職場の人に申し訳がなくなり、朝起きることができなくなったある日、無断欠勤をしてしまい、その日から出社することが怖くて仕方なくなったのです。
そうして休みがちになってしまい、アルバイトなので収入が減ってしまいましたが、貯金と両親からの仕送りでなんとか生活を続けていました。
私がユキさんに会ったのは、その後です。
人前で泣いてしまう悩みを両親や友達にも言えず、精神科へ相談に来たのでした。
「感情の爆発」をどう止める?
話を聞いていくうちに、彼女に必要なものや泣いてしまう理由について把握することはできました。
しかし、それだけでは「ハラ落ちした体験」には至りませんでした。
いくら精神科医が「こうするべきだ」「ここがおかしい」と指摘しても、「やらされ感が強い」という状態では人は変われません。
ここでも大事なのは、1つ1つ、ジンクスづくりを手伝うことです。
ユキさんは、なかなか自分の理想について妄想することができませんでした。
「そんなことまだ考えられません。無理です」と、拒否してしまいました。
そこで、時間をかけて、少し気持ちが安定したタイミングで、
「もし職場で泣かなくなったら、その後、どうなりそうですか?」
という質問から妄想するようにしてもらいました。すると、
「そうですね……。そうなったら、家族から自立して生活できそうですね」
と、理想を語ることができました。
どうやらユキさんは、両親に甘えてしまう自分がイヤで仕方ないようでした。
子どもの頃から、かなり優しく接してもらってきたそうで、何を言っても否定されることなく、すべてを受け入れてくれたと言います。
だからこそ、「自立していつか恩返しできるようになりたい」という、彼女なりの「なりたい自分」が見えてきました。
そうやって両親の話をするとき、ユキさんは私の前でも何度か涙ぐむ場面がありました。
理想の自分と今の自分を比べてしまい、そのギャップに嫌気が差し、涙が出てしまうそうです。
そこで、感情が爆発してしまうキッカケがどこにあるのか、その後の1週間の生活で「数字」によって振り返ってもらいました。
「一日に泣いてしまった回数」
「前日の睡眠時間」
「具体的な仕事の量」
「両親に電話する回数」……
数字で表せる情報を整理して、1週間の出来事をできるだけ細かく書き出してもらいました。
すると、彼女が泣いてしまうキッカケになるような習慣が見えてきました。
「両親と長電話した翌日は職場で泣いてしまう」
という特徴があったのです。
一人暮らしで仕送りをもらっていることにも罪悪感があるそうで、仕事に行けていないことも言い出せず、誤魔化しているとも話してくれました。
いいジンクスを作ろう
どんな人でも、余裕がなくなったり、イヤなことが続いていると、イライラが止まらなくなってしまいます。
そのイライラが続いているうちに、あるキッカケによって感情が爆発してしまうのです。
「理性的な自分」が「感情的な自分」をコントロールできなくなる瞬間です。
ユキさんの場合では、普段から両親に感じている罪悪感や自責の念が積み重なり、「両親に電話で隠し事をした」ということが「キッカケ(着火剤)」になっていることに気づきました。
そうはいっても、両親と電話をしているときには安らぎを感じるそうです。
だから、無理に電話をやめさせることもできません。
感情が爆発するキッカケを整理した上で、ユキさんにジンクスをつくっていくように勧めました。
ユキさんがもっともイライラすることは、「自分が両親に嘘をつき続けること」でした。
ただ、「両親に隠さず素直に話してはどう?」と勧めてみましたが、彼女は明らかに狼狽し、強い拒否感を示しました。
「そうしたほうがいいのはわかります。でも、嘘をついていたことが恥ずかしくて、絶対に話すことができないんです……」
そう語りました。
「理性的な自分」は、このままではいけないことがわかっているようでした。
そこで、ジンクスづくりの出番です。
両親に電話をかける前に、何か前向きなことができないかを考えてもらいました。
「大声を出せば気がラクになりそうだから、好きな歌を1曲歌ってから電話します。そうすれば、両親に本当のことが言えるかもしれません……」
と、前向きなジンクスをつくることができました。
たしかに、人間は大きな声を出した後は、気が大きくなります。
とはいえ、いきなり真実を話すことは難しかったようです。
しかし、やってみると、いつもより自然体で話すことができたそうです。
母親から「いつもより元気そうね」と言ってもらえたことも励みになりました。
ジンクスを繰り返すうち、ユキさんは、自分の嘘を打ち明けることができたそうです。
ジンクスによってラクになる感覚を繰り返すことで、嘘を打ち明けた後のイメージが妄想できたのです。
優しい両親ですから、彼女の告白をそのまま受け入れて、「無理しなくていいよ」という言葉をかけてくれました。
後から聞くと、両親もユキさんが仕事に行けていないことが薄々わかっていたようです。
しかし、彼女の嘘を追及することはせず、気持ちに配慮していたそうです。
自分で自分をコントロールする感覚
さて、ユキさんは、ジンクスづくりによって、「理性的な自分」で感情をコントロールすることができました。
本当にやりたかったことができたことで、大きな自信を得られたのです。
そんな「ハラ落ちする体験」によって、自分に対するイライラは少なくなり、久しぶりにぐっすりと眠ることができたようです。
その後も、ジンクスは続けてもらうようにしました。
それからしばらくして、ユキさんは両親のもとに戻り、実家近くの職場に再就職することになりました。
そして問題の「泣いてしまう」という悩みです。
さすがに、仕事中に大声で歌うことはできませんが、歌う要領で大きく「フゥ~~っ」と息を吐いて、呼吸筋をしっかり動かしてから緊張する場面に臨むようにしました。
ユキさんは、ジンクスによって手に入れた自信によって、「理性的な自分」でいられるようになったと話します。
彼女はジンクスによって、感情をコントロールすることに成功したのです。
さらに、「失敗しても大丈夫」という価値観を持つこともできるようになりました。
それは「やらされ感」ではなく、自分自身で見つけた気づきと、得られた体験があるからなのです。
「爆発型」への処方せん
イライラして感情が爆発してしまうのは、性格のせいでしょうか。
そうではなく、「自動思考」の影響が強すぎるのです。
過去のトラウマが強すぎる場合、同じような状況に陥ると反射的に怒ってしまったり、泣いてしまったりするのです。
自動思考の影響を受けやすいからこそ、「理性的な自分」で感情をコントロールすることができるようになれば、のちの人生は格段に生きやすくなります。
アンガーマネジメントという方法もありますが、この方法には「感情のキッカケを見つける」という視点が抜けているため、継続しにくいと私は思います。
「方法はわかっているけど、なんか続けられないんだよね」ということをよく聞きます。
それは、ただ方法を「やらされている」という感覚でいることが大きく関わっています。
もっとも大切なのは理論ではなく、いかにその理論を信じることができ、いかに自分が「やってる感」を得られるかどうかなのです。
昔、「水素水」という水素分子が溶けた水が健康にいいということでブームになりました。
ここではその効果については検証しませんが、水素水を飲むことで「健康になった」「具合いが良くなった」と体感し、その効果を心から信じた人もいました。
その後、臨床データでは確かな効果は実証されませんでした。
ただし、水素水の効果を信じて飲み続けたことで、実際に良くなったと感じた人もいたのは事実です。
このような現象は、「プラシーボ(喜ばせる)効果」として広く知られています。
医者から薬と言われて処方されると、ただの砂糖を舐めさせても、具合いが良くなる気がします。
人によっては、本当に病気そのものが改善してしまう例もあり、人間の思い込む力には大きな影響力があることが、科学的にも明らかにされています。
つまり、「プラシーボ効果」を「理性的な自分」によって「感情的な自分」に向けて起こすことができれば、メンヘラな人は甚大な効果が得られるということです。
(本稿は、『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』より一部を抜粋・編集したものです)
精神科医いっちー
本名:一林大基(いちばやし・たいき)
世界初のバーチャル精神科医として活動する精神科医。
1987年生まれ。昭和大学附属烏山病院精神科救急病棟にて勤務、論文を多数執筆する。SNSで情報発信をおこないながら「質問箱」にて1万件を超える質問に答え、総フォロワー数は6万人を超える。「少し病んでいるけれど誰にも相談できない」という悩みをメインに、特にSNSをよく利用する多感な時期の10~20代の若者への情報発信と支援をおこなうことで、多くの反響を得ている。「AERA」への取材に協力やNHKの番組出演などもある。