人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【人気ドラマ「大奥」から学ぶ】3億人以上を死亡させた恐怖の「感染症」と人類の闘いPhoto: Adobe Stock

『大奥』と「人痘接種」

 NHKによる連続ドラマ化で話題の『大奥』(原作漫画:よしながふみ)には、「赤面疱瘡」という架空の病気が登場する。

 男性のみが感染するこの病気の蔓延によって、男性の数が激減し、男女逆転の世が生まれた江戸時代が物語の舞台である。

 ドラマの第13回では、「人痘接種」と呼ばれる予防法が登場する。これは、軽症の赤面疱瘡に感染させることによって、重症の赤面疱瘡を予防するという、いわゆる予防接種である。

死亡者は3億人以上

「赤面疱瘡」は実在しない病気だが、「人痘接種」はかつて実際に行われていた天然痘の予防法である。

 当時、世界的に大流行し、多くの人命を奪っていた天然痘への対抗策だった。実際、日本でも江戸時代には天然痘が猛威を振るい、「痘瘡」と呼ばれて恐れられた。

 天然痘は、20世紀だけでも推定3億人以上という膨大な数の人類を死亡させたウイルス感染症である。高熱や頭痛、筋肉痛を起こし、2~5日後に全身に特徴的な発疹(ブツブツ)が現れる。致命率は20~50%に及ぶ恐ろしい病気だ。

人類史上初めて世界から根絶

 だが、実は天然痘には、医学の進歩に繋がる重要な特徴がある。

 一つは、世界で初めて予防接種という概念を生み出した感染症であること。そしてもう一つは、人類史上初めて世界から根絶に成功した感染症であることだ。

 天然痘は古くから知られた疫病で、西暦735年に死者を多数出した病気として『続日本紀』に記されたものが最古の記録だ。

 一方、一度天然痘にかかって回復すると、二度と天然痘にはかからない、という不思議な事実が昔から知られていた。

膿を健常者の体内に入れる

 こうした経験に基づき、10世紀頃から各地で行われてきたのが、人痘接種だ。

 人痘接種とは、天然痘患者の皮疹から膿を抜き取り、これを健常者の皮膚の傷から体内に入れ、抵抗力をつけさせる、というものだ。まさに最古の予防接種である。

 日本でも1750年代には人痘接種が行われるようになり、秋月藩医の緒方春朔は藩内の1100人以上に接種したという。

 だが人痘接種は不安定な方法で、時に重度の天然痘に感染させてしまうリスクもあった。このデメリットを克服したのが、イギリスの医師、エドワード・ジェンナーである。

 イギリスの農村では、牛痘という牛の病気にかかった乳搾りの女性は天然痘にかからない、という古い言い伝えがあった。牛痘にかかった人は、皮膚に軽い腫れものができるが、天然痘のように重い症状は引き起こさない。ところが、なぜか天然痘に抵抗力を獲得するのだ。

江戸時代の「お玉ヶ池種痘所」

 酪農地帯に生まれ、若い頃からこの事実を知っていたジェンナーは、牛痘患者の膿を人に接種する「種痘」という方法を開発し、1798年にこの研究成果を発表した。

 この実験には23人の被験者がいたが、その中にはジェンナーの息子も含まれていた。当時まだ生後11ヶ月の乳児である。その後、種痘は世界中に広まり、天然痘の発生は激減し、1980年のWHO(世界保健機関)による天然痘根絶宣言につながるのだ。

 なお、種痘は江戸時代に日本に伝わり、1858年には江戸に「お玉ヶ池種痘所」が建てられた。江戸の蘭学者たちが資金を出し合って作った、種痘の普及を図るための集会所だ。これが、のちの東京大学医学部である。

『大奥』では架空の病気「赤面疱瘡」が「男女逆転」という大きな変化を世の中に引き起こすわけだが、確かに感染症は、ペストや新型コロナの例にも見られる通り人類史を大きく動かす要因になってきた。

『大奥』は、目にも見えないほど小さな微生物が持つ脅威を、改めて実感させてくれる作品なのである。

【参考文献】
「図説 医学の歴史」(坂井建雄著、医学書院、2019年)

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学に関連した書き下ろしです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に18万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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