生成AIで強化される主人公1:
凡庸な課長(X課長)

 ここでは、彼のことをX課長と呼びましょう。X課長はどこの大企業にもいる人のいい上司です。部下の面倒見はよく、人情にも厚く、気配りもできます。しかし新しいことを学ぶのは苦手で、時代錯誤的な観点で若い部下からは軽んじられています。

 彼のマイナスのクセは、自分が知らない言葉が会話に出てくるたびに「それは何?」と口に出して自分の無知をさらけ出すことです。「排出権ビジネスって何?」「それはどんな意味があるの?」「どこで売ってるの?」みたいな質問を繰り返しては、部下からは「ちゃんと勉強しろよ」と陰でバカにされるような上司です。

 実はこのように人柄はいいけどダメ上司っぽい人物は、生成AI出現後のゲームバランスではその序列を格段に向上する可能性があります。なぜならば、疑問をいつもつい口に出してしまうのですが、それをすべて生成AIが回答してくれるので、一気に知識がアップデートされるのです。たとえばこんな感じです。

「排出権ビジネスって何?」

 とX課長。

「CO2をたくさん減らせる国や企業が、CO2を減らせない国や企業に自分が減らしたクレジットを販売するビジネスです」

 と生成AI。AIとの最初のやり取りはこんな感じです。そこでX課長はクセで自然と次の質問を口にします。

「それって日本企業にどんな意味があるの?」
「日本は脱炭素の余地があまりないので、これから先は海外から排出権クレジットを買わないと今のビジネスが継続できなくなります」

 そこで3番目の質問です。

「それ、どこから買うの?」
「中国から買う可能性が一番高いでしょう。中国は新興国なので2060年までカーボンニュートラルを特権として免除されています。ですから、排出権を売る余力をたくさん持っているのです」

 こんなやりとりを続けているうちに、実はX課長は一気に排出権ビジネスについて詳しくなってしまいます。

「そういやうちの会社、中国にたくさん子会社を作っているじゃない。あそこの排出権をちゃんと計画立てて増やしていったら、日本の工場の分全部、そのクレジットで賄えるんじゃないの?」
「その通りです。計算をしてみるとトータルでは自社の分だけでなく外に売れるぐらい排出権が手に入ります」

 みたいにどんどん知識が高レベルになっていくので、実は役員の気づいていなかったようなビジネスチャンスを口に出すようになってしまうのです。

 そして凡庸なX課長は急に、大企業の企画担当を任されてしまうという人生のゲームバランスの劇的な変化に見舞われます。これが一つ目の主人公の身に降りかかる象徴的な未来の話のその1です。次に、もう一人の主人公を見てみましょう。