彼女自身はまだこの容疑では起訴されておらず、警察の取り調べを受けている段階で保釈という身分にある。そのため、決定を行ったのは警察システムに連なる「誰か」であることは間違いない。さらにこれは、筆者の記憶の限りでは、国家安全法違反容疑で保釈中の人物に海外留学が認められた初めてのケースのはずだ。いったい誰が、その彼女が「逃亡しないはず」と判断したのか?

 当然、これらの質問は警察を管轄する保安局長と、警察官出身の李家超・行政長官に向けられた。だが、2人はその日のうちにコメントを発さず、翌日会議のために登庁したところを待ち構えていたメディアの前で、「誰が」には一切触れず、またその手順の根拠についても「全ては警察に任せてある」として答えず、「警察の温情を裏切った」と周さんをののしるばかりだった。

香港から出られないはずの周庭さんは
なぜ深センへ“1日旅行”を許されたのか

 次に大きな問題として論じられたのは、国家安全法に従っていったん没収されたパスポート(身分証明書)を、深セン1日旅行と感謝状の提出を条件に返還したのは、「いったいどんな論拠に基づく判断だったのか?」という点だった。もちろん、同法にはそんな規定はない。

 だいたい、パスポートを取り上げられていた周さんは香港以外の土地に行くことを禁じられていたわけである。だが、深セン1日旅行のために警察は彼女が「回郷証」(香港市民が中国入りするための身分証明書。中国の機関が発行する)を申請して入手するのに立ち会い、本来なら香港警察が効力を発揮できないはずの深センでの彼女の旅行に付き添ったと、彼女はInstagramに書いている。

 それは、いったいどのような法律に基づく行為だったのか? さらに香港の警察がその権力を使えない深センで、万が一「被疑者」の周さんが逃亡でもしたら、いったい誰が責任を負うことになっていたのか?

 だが、これらの疑問に対して、法律を知り尽くしている法廷弁護士であり、行政長官の顧問会議メンバーであるロニー・タン氏も、「そんな前例は聞いたことがない……私が知らないだけかもしれないが」とはっきり述べている。

 ここで挙げた疑問はどれも、被疑者が誰であれ、いったん法律に基づいて没収したパスポートの返還およびその手続きが、どのような法律規定に基づいて行われるのか?を問うものだ。もし、それが法的根拠のない、一介の関係者の判断に基づいた行為だったのであれば、今後香港における法執行の公平性や公正度が問われる由々しき事態である。

 そうなれば、香港の法律が恣意(しい)的に利用されていることの証明にもなりかねない。一般市民のみならず、ビジネス界も、その真相が明らかにされるのを静かに待っている。