人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

災害現場で治療の優先順位を決める「トリアージタグ」“4つの色分けの意味”を知っていますか?Photo: Adobe Stock

阪神淡路大震災を契機に広まる

 1995年に起きた阪神淡路大震災をきっかけに、日本で広く知られるようになった言葉がある。それが「トリアージ」である。

 トリアージとは、災害現場などで多くの傷病者が同時に発生した際、緊急度や重症度に応じて治療の優先順位を決めることである。一般的な外来診療とは異なり、リソースの限られた災害現場では、「先着順」ではない考え方が必要になる。

 早急に治療を始めなければならない人をいかに選別し、「治療を急がない人」をいかに適切に「後回し」にできるか。混沌とした現場で、可能な限り多くの命を救うために必要となる概念がトリアージなのである。

人気医療ドラマでよくある場面

 フジテレビ系「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」や、TBS系「TOKYO MER ~走る緊急救命室~」などの医療ドラマでも、災害現場でのトリアージの場面はよく描かれている。

 そこで必ず登場するのが「トリアージタグ」である。多数の傷病者の腕に、医療スタッフが優先度を示すタグをつけていくのだ。タグによって赤、黄、緑、黒の色分けがなされ、一目見るだけで緊急性がわかる仕組みになっている。

 治療の優先度は、赤が最も高く、黒が最も低い。「赤」のタグはすぐに治療が必要な患者であり、「黄」のタグは、重症ではあるもののすぐに治療しなくても生命に影響がない患者だ。

「緑」のタグは軽症で、赤や黄より優先度が低い。一方、「黒」のタグはすでに死亡している、あるいは、救命不可能な状態に陥っているために、搬送しない患者を意味する。

ナポレオンの軍医が考案

 トリアージの語源は、フランス語の「trier」で、「選別する」という意味である(1)。18世紀末から19世紀初頭に活躍したナポレオン軍の軍医、ドミニク・ジャン・ラレーが世界で初めて発明した手法だ。治療の優先度が身分や国籍で決まっていた時代、彼は純粋に「傷病の重症度」のみによって患者を選別すべきだと説いた。彼はこの理念によって、敵であろうと味方であろうと、あらゆる傷病者を救ったのである。

 ラレーには有名な逸話がある(2)。フランス軍が敗北し、ナポレオンにとって最後の戦争となったワーテルローの戦いで、ラレーは敵軍であるプロイセン軍に囚われてしまう。だが、処刑を前に、彼の傷に包帯を巻こうとしたプロイセンの外科医が、驚くべき行動に出た。相手がラレーであることに気づいた途端、彼を処刑しないよう将軍に懇願したのだ。

 実はラレーは数年前に、敵軍であるこの外科医の息子の命を救っていたのである。結局ラレーは釈放され、晩年は退役軍人病院で医師として働き、1842年に74歳で亡くなった。ナポレオンは、ラレーを「私が知る中で最も高潔な男」と称し、「もし陸軍が誰か一人の記念碑を建てるなら、それはラレーの記念碑であるべきだ」と語ったという(3)。

 ラレーの誕生日である7月8日は、国際救急隊員デー(International Paramedics Day)として救急隊員を称える日となっている。彼の死後200年近く経った今なお、その理念は多くの人命を救っているのだ。

(1)日本救急医学会「トリアージ」(https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/1022.html)
(2)https://www.internationalparamedicsday.com/dominique-jean-larrey-biography
(3)https://www.frenchempire.net/biographies/larrey/

(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』に関連した書き下ろしです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に18万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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