予選会場の集客では
客より芸人が多いことも

 谷氏がM-1開催において最も苦労したのは、参加者を募ることだった。

「やはり、『吉本がやる大会だから吉本所属の芸人が優勝するに決まっている』という空気は多くのプロダクションでありました。私は『ガチンコです』と何度も他のプロダクションに連絡していたんですけどね。そのなかで、1000万円という賞金にひかれて、事務所の反対を押し切って参加したコンビもいたので、紳助さんが言った『金の力で漫才師の面をはたく』という言葉は、的を射ていたんだと改めて思いました。ただ、大阪、東京以外の地方の参加者は本当に少なかったですけどね」

 また、予選会場の集客にも苦慮した。

「予選会場の中には、お客さんが4~5人と、予選に出場する芸人よりも、お客さんのほうが少ないケースもありました。当時はSNSもないですし、ネットで拡散させることも難しい。なので、私も含めてスタッフが当日に会場近くで呼び込みをしたこともありました」

 大会のコンセプトと面白さを信じ、時に泥くささも混じった熱量で、周りを巻き込んでいった谷氏。その結果、今やM-1は国民的イベントに成長した。苦労していた参加者数も、23年は8540組と史上最多を記録。プロの芸人だけではなく、子どもから大人までアマチュア漫才師の参加も増加した。そんなM-1の現状を谷氏はどう見ているのか。

書影『M-1 はじめました。』『M-1 はじめました。』(東洋経済新報社)
谷良一 著

「本気度の差はあれど、漫才の裾野を広げるという意味では、アマチュアの参加者が増えているのはいいことだと思います。実際にアマチュアが漫才をやってみて、プロの漫才師のすごさがわかることもあり、その結果漫才を好きになってもらえればいいんです。ただ、現在のM-1に対して一つだけ言うとすれば、私は参加条件を結成10年以内に戻したほうがいいと思います(現在は結成15年以内)。10年以上になると話術などのテクニックで、笑いを取れます。そのため、若手が斬新なネタを作っても、テクニックで負けてしまうことがあるんです。M-1のコンセプトは当初から変わっておらず、常識をひっくり返すような新しい漫才師を生み出すことにあるのですから」

 当初からのM-1のコンセプトと意義を信じて突き進むことができるなら、これからも国民的イベントとして、多くのファンたちに愛され続けるだろう。