核兵器廃絶の熱烈な運動家という
あまり知られていない一面も

 岸田首相のあまり意識されない一面に、核兵器廃絶の熱烈な運動家というものがある。『岸田ビジョン 分断から協調へ』という首相の著書は、2021年の総裁選挙のために戦略的に書かれたものだが、もうひとつの著書『核兵器のない世界へ 勇気ある平和国家の志』が前年の2020年10月に刊行された。

 菅義偉前首相が岸田首相らを破って総裁に選出されたのが2020年9月。その翌月の刊行となった背景には、安倍元首相の病気辞任がなければ総裁選挙は1年先だったので、その一年前に、選挙を意識せずに岸田氏らしさを打ち出す本を出して「ハト派的イメージ」を強調したいという意図もあったのだろう。

 この本を見ると、岸田首相の「被爆地・広島の人間」としての思いが、政治家の原点といえるほど重要であることがわかる。岸田首相は戦争当時まだ生まれていなかったが、親戚の多くが被爆した。そのなかには、意外なことに、ノーベル平和賞受賞者であるサーロー節子さんもいる。

 サーローさんの姉が、岸田首相の父のいとこの夫人で、原爆の犠牲となって亡くなられた。外相時代の岸田首相がオバマ元大統領の広島訪問に大変な努力を払い実現したことや、サミットの広島開催にもこぎ着けたことは、政治家としての岸田首相にとって金字塔だ。

 もっともウクライナのゼレンスキー大統領をサミットに呼んだことの評価は微妙だ。サミットへの世界の関心の焦点がぼやけたし、ゼレンスキー大統領が原爆の惨状を見て「ウクライナと同じほどひどい」といったのは、核兵器の怖さを矮小(わいしょう)化する不適切発言だった。

 また、首相としての岸田氏が核兵器廃絶に向けて重要な行動を起こしているとはみえない。そのあたり、自分の個人的な立場や広島の政治家としての立場を色濃く打ち出すのもいかがなものかと遠慮するのが、岸田首相らしさなのだろう。

 しかし、連立政権のパートナーである公明党は、結党の原点からして核廃絶に熱心であるのだから、自公で連携して何か大きな一歩を進めるやりようもあるのではという気がするのは私だけであるまい。

(評論家 八幡和郎)