オワコンとはいえ、世論操作力はテレビが強い
さて、このように国民貯蓄奨励局が仕掛けたメディアやインフルエンサーの「宣伝」の力によって、我々日本人がいともたやすく「貯金サイコー」の価値観になった。それが戦後も脈々と受け継がれてきたという厳しい現実を踏まえて、今のテレビで何が盛んに報じられているのかを冷静に振り返っていただきたい。
激安スーパーのタイムセール、コスパのいい食材を使ったお手軽な時短料理、コストコや業務スーパーの最強利用術、行列のできるワンコインランチの店、利益度外視のデカ盛りグルメ、そして節約テク…。
「国民の知る権利」に応えているのだ、という言い訳が聞こえてきそうだが、あまりにも「安さ」「コスパ」「節約」に偏っていないか。
こんなテレビをピュアな人々が毎日見ていたら、高いものを買って、高いメシを食って、無駄遣いをすることに罪悪感が芽生えてくるのは間違いない。
「オワコン」だなんだと言われるが現時点で、テレビが最強のプロパガンダツールであることは、コロナ禍で証明されている。
わかりやすいのは、コロナ禍にSNSでトイレットペーパーが品切れだというデマが流れた時だ。ほどなくデマだとわかったが、この現象をワイドショーなどが「SNSでトイレットペーパーが品切れになるというデマが流されました」と大騒ぎ。視聴者が不安になって、ドラッグストアに押し寄せた。それをまたワイドショーが中継して、「ご覧ください!あんな行列ができています!」と大ハシャギで報じて、それを観た視聴者が「乗り遅れてなるものか」とさらにドラックストアへ殺到した。
ネットやSNSではここまでできない。やはりまだテレビの世論操作力はそれなりにあるということなのだ。
テレビ番組制作側として、楽しいものを流したい、数字の取れるものを扱いたいという気持ちはよくわかる。しかし、過度にそちらに偏ってしまうことは結果として視聴者をそちらへ誘導することになり、社会のムードをミスリードさせる。人は「楽しい」ものに弱いし、同調圧力が生まれやすいからだ。
戦時中、なぜあんなに「貯金」に夢中だったのかというと、軍が怖いとか、命令されて無理矢理ということもあるが、先の見えない不安の時代で、「日本人みんなで同じことをやっていれば心強いし、一体感もあるので楽しい」ということも大きい。
節約やコスパ志向もどこか同じ匂いがする。生活が苦しいのなら本来は収入をアップさせなくてはいけない。雇用主への給料アップはもちろん、世界各国でやっているように、物価上昇に伴う最低賃金の引き上げを国民から求めていかなければいけない。
実際、アメリカでは1月1日に、全米50州のうち22州が最低賃金を引き上げた。タイ政府も23年12月26日、最低賃金を24年1月から引き上げる方針を発表。3月にはさらなる引き上げを計画しているという。
しかし、不思議なことに日本ではこういう話はまったく出ない。相次ぐ値上げに愚痴をこぼしながら、デモもストライキも転職もせず、テレビで流れる「激安スーパー」「節約術」を見てじっと耐えながら、せっせっと貯金をしている。戦時中に「貯蓄報国」に励んでいた人々と基本的には何も変わっていない。
ということは、今回も同じ結末になる。先の戦争で、「欲しがりません 勝つまでは」と叫びながら悲惨な結末を迎えたように、「お得」や「節約」のコンテンツを楽しみながら、取り返しのつかないほど、貧しい国になってしまうのだ。
そういう悲惨な未来を回避するためにも、そろそろテレビ局は、「節約」や「コスパ」を過度にあおるようなエンタメコンテンツのあり方を再考していただきたい。
(ノンフィクションライター 窪田順生)