そうした悲痛な体験談を耳にした筆者は、被災地における介護支援にさらなるテコ入れが不可欠だと悟った。職員が孤軍奮闘して被災地の介護を支えるギリギリの状況は、いつか限界を迎えてしまう。
被災地の医療を立て直すには
「需要を減らすか、供給を増やす」しかない
少し話題は変わるが、災害医療とは「大規模災害によって、医療需要が医療供給を圧倒している状況」を解消するために行う。言い換えると、患者が爆発的に増える一方で、傷ついた医療が戦力ダウンし、医療サービスが行き届かなくなった状態を立て直すための取り組みだ。
この状況を抜本的に解決するには、「需要を減らすか、供給を増やす」しかない。需要を減らすには「患者を被災地域外に搬出し、その地域で治療を受けてもらう」といった施策が必要だ。供給を増やすには、われわれDMATのような被災地域外の医療従事者が現地に入り、「医療資源を補う」ことが求められる。
このうち前者の「需要を減らす施策」において、これまでは「急性期患者(=今すぐ治療を施さないと命が救えない患者)」が優先的な搬出対象だった。2011年の東日本大震災においても、岩手花巻空港を拠点に急性期患者の搬出が行われた。原発事故のあった南相馬市では、入院患者が他地域に搬出される事例もあった。
一方、筆者が知る限り、従来は「要介護者」が搬出されるケースは少数だった。筆者はこのことについて、特に危機感を覚えた。
要介護者は、確かに平常時は急性期患者ではないかもしれない。しかし、被災によって危機的状況に置かれ、ケアの手が回らなくなると、急激に体調が悪化するリスクがある。適切な介護があれば生きられるにもかかわらず、助けが来なければ、一気に「災害関連死」へと至る恐れがあるのだ。
実際に今回の震災でも、インフラとマンパワーの両面が打撃を受けた影響で、奥能登エリアの高齢者施設では一様にケアの破綻が近付いていた。残念ながら、命を落とした入所者の方もいたという。
さて、DMATの活動に話を戻す。美笑苑での活動を経て珠洲市の活動拠点本部に戻ったわれわれは、この惨状を本部に報告した。他の高齢者施設を含めて、「一刻も早く入所者を被災地域外へ出す必要がある」と進言したのだ。
この情報は、すぐに石川県庁のDMAT調整本部に上げられた。おそらく、他の隊からも同様の情報があったに違いない。この件に関してDMATと石川県の判断は早く、数日中に高齢者の陸路搬送が開始された。行き先は金沢市内や隣県であった。その後、空路による搬送も始まった。