世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ソシュールの『一般言語学講義』を解説する。

読破できない難解な本がわかる本Photo: Adobe Stock

どうして言葉がそんなに大事なんだろう? でも周りを眺め回してみると、なんだか言葉ばっかり。なんと自分の思考も言葉。ってことは、この世の中、言葉(記号)しかないのでは? AIの時代に突入した今こそ、より言葉について考える必要があるのだろう。

構造主義の始まりとしての言語学

 ソシュールの言語論は言語学のみならず、思想界に革命的な影響を与えました。

 ざっくり、ソシュールのどこがすごいのかというと、「言語で世界ができている」ということを見事に説明したからです。

 私たちは、普通、目の前にまず物理的対象が実在的に存在し、それに言葉のラベルを貼り付けていると考えています。

 たとえば、「猫」という実体が先に外界に実在していて、それに「ネコ」という言語のラベルを貼り付けたのだと考えます。

 しかし、この世の動物がすべて猫だったら、わざわざ「猫」と言わなくてもいいでしょう。

 犬がいるから猫がいるという感じで、あらゆる語は他の語との「差異」によって規定されていると考えられるのです。

 先に世界が区切られているのではなく、言語で世界を区切っている。たとえば、ゴミを可燃物や不燃物に分別するようなもので、言語が世界の分別をしているのです。

 では、言語と物はどのように結びついているのか。ソシュールは、言語には、シニフィアン(signifiant)シニフィエ(signifié)があるとしました。それは、コインの裏表のように一体化しています。

 シニフィアンは音声の聴覚的な映像によって形成され、シニフィエは言語記号がその内部に持つ概念(意味)として形成されます。

 シニフィアン(記号表現)は、「猫」という文字や、「neko」という音声です。

 シニフィエ(記号内容)は猫のイメージや、猫というその意味内容です。これらをあわせて「シーニュ」(記号)と呼びます。

言葉が増えれば世界が開ける

「音・文字」と「その意味」は切り離すことができません。シニフィアンとシニフィエとに分離して「猫」を理解することはできません。

 さらに、「猫」を必ず「猫」と呼ばなければならないという理由もありません。だから英語でa catでもフランス語でun chatでもよいわけです(言語は恣意的につくられる)。

 となると、世界を言語によって、どのように区切るかも勝手なのです。「猫」という記号しかない世界と、「家猫」「のら猫」「地域猫」などの記号がある世界では、まったく異なった世界が出現するのです。

 また、一つの記号だけで事足りることもあるでしょうし、多くの記号で区切りをつけなければならない場合もあるでしょう。

 いろんな種類の猫が先にいるのではなく、どのように世界を言語で区切ったかによって、様々な猫世界の違いが生み出されるわけです。

 世界を言葉が切り分けているというのは、まったく新しい発想でした。

「あらかじめ確立された観念は存在せず、言語の出現以前には何ひとつ判明なものはない」(同書)

 そうなると、近代までの哲学が唱えていたような「そのもの(実体・本質)」を思考する必要はなくなります。

 言語の指し示すもの(シニフィアン)と指し示されるもの(シニフィエ)という記号を通してしか世界について考えることができません。また、その仕組みは、歴史に関係なく一定の構造をもっています。

 ソシュールの言語についての観点は、後の構造言語学の出発点となり、また構造主義と称される20世紀の広範な思潮の源流となりました。

 レヴィ・ストロースは、構造主義の元祖と言われていますが、ソシュールの言語学によるヤコブソンの音韻論に大きな影響を受けています。

 彼は、言語の構造からヒントを得て、精神分析学の無意識概念を適用し、文化人類学的な様々な謎を解明したのでした。