世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、ソシュールの『一般言語学講義』を解説する。
どうして言葉がそんなに大事なんだろう? でも周りを眺め回してみると、なんだか言葉ばっかり。なんと自分の思考も言葉。ってことは、この世の中、言葉(記号)しかないのでは? AIの時代に突入した今こそ、より言葉について考える必要があるのだろう。
構造主義の始まりとしての言語学
ソシュールの言語論は言語学のみならず、思想界に革命的な影響を与えました。
ざっくり、ソシュールのどこがすごいのかというと、「言語で世界ができている」ということを見事に説明したからです。
私たちは、普通、目の前にまず物理的対象が実在的に存在し、それに言葉のラベルを貼り付けていると考えています。
たとえば、「猫」という実体が先に外界に実在していて、それに「ネコ」という言語のラベルを貼り付けたのだと考えます。
しかし、この世の動物がすべて猫だったら、わざわざ「猫」と言わなくてもいいでしょう。
犬がいるから猫がいるという感じで、あらゆる語は他の語との「差異」によって規定されていると考えられるのです。
先に世界が区切られているのではなく、言語で世界を区切っている。たとえば、ゴミを可燃物や不燃物に分別するようなもので、言語が世界の分別をしているのです。
では、言語と物はどのように結びついているのか。ソシュールは、言語には、シニフィアン(signifiant)とシニフィエ(signifié)があるとしました。それは、コインの裏表のように一体化しています。
シニフィアンは音声の聴覚的な映像によって形成され、シニフィエは言語記号がその内部に持つ概念(意味)として形成されます。
シニフィアン(記号表現)は、「猫」という文字や、「neko」という音声です。
シニフィエ(記号内容)は猫のイメージや、猫というその意味内容です。これらをあわせて「シーニュ」(記号)と呼びます。
言葉が増えれば世界が開ける
「音・文字」と「その意味」は切り離すことができません。シニフィアンとシニフィエとに分離して「猫」を理解することはできません。
さらに、「猫」を必ず「猫」と呼ばなければならないという理由もありません。だから英語でa catでもフランス語でun chatでもよいわけです(言語は恣意的につくられる)。
となると、世界を言語によって、どのように区切るかも勝手なのです。「猫」という記号しかない世界と、「家猫」「のら猫」「地域猫」などの記号がある世界では、まったく異なった世界が出現するのです。
また、一つの記号だけで事足りることもあるでしょうし、多くの記号で区切りをつけなければならない場合もあるでしょう。
いろんな種類の猫が先にいるのではなく、どのように世界を言語で区切ったかによって、様々な猫世界の違いが生み出されるわけです。
世界を言葉が切り分けているというのは、まったく新しい発想でした。
「あらかじめ確立された観念は存在せず、言語の出現以前には何ひとつ判明なものはない」(同書)
そうなると、近代までの哲学が唱えていたような「そのもの(実体・本質)」を思考する必要はなくなります。
言語の指し示すもの(シニフィアン)と指し示されるもの(シニフィエ)という記号を通してしか世界について考えることができません。また、その仕組みは、歴史に関係なく一定の構造をもっています。
ソシュールの言語についての観点は、後の構造言語学の出発点となり、また構造主義と称される20世紀の広範な思潮の源流となりました。
レヴィ・ストロースは、構造主義の元祖と言われていますが、ソシュールの言語学によるヤコブソンの音韻論に大きな影響を受けています。
彼は、言語の構造からヒントを得て、精神分析学の無意識概念を適用し、文化人類学的な様々な謎を解明したのでした。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。