人を動かすには「論理的な正しさ」「情熱的な訴え」も必要ない。「認知バイアス」によって、私たちは気がつかないうちに、誰かに動かされている。人間が生得的に持っているこの心理的な傾向をビジネスや公共分野に活かそうとする動きはますます活発になっている。認知バイアスを利用した「行動経済学」について理解を深めることは、様々なリスクから自分の身を守るためにも、うまく相手を動かして目的を達成するためにも、非常に重要だ。本連載では、『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から私たちの生活を取り囲む様々な認知バイアスについて豊富な事例と科学的知見を紹介しながら、有益なアドバイスを提供する。

頭がよくて仕事もできる人が「1000万円もいらないんですけど…」と言う理由Photo: Adobe Stock

求めているより「大きい数字」を先に言う

 職場や家庭で、参照効果(先行する数値に影響されてしまう認知バイアス)を試してみよう。その際、「逆言法(言わないといいつつ実は述べる論法)」を使うと効果的だ。

 たとえば、「これに1万ユーロも請求するなんてできません」と言ってから、5000ユーロから交渉を始める。一言も嘘は言っていないが、成功率は高まる。

 残念なことに、実際には反対のことをしてしまう人が多い。

「これを無料で提供することはできません。経費がすでに1500ユーロかかっていますから、5000ユーロ以上でないと無理です」と交渉を始めるのだ。

 言われたほうは、同じ額からのスタートであってもハードルをより高く感じてしまう。

 この逆言法は様々な場面で試せる。

 給料の交渉では、「25パーセントアップまでは期待していませんが……」、納期の交渉では「仕上げるのにまる1年は要りませんが……」、新しい家庭用テレビを買うときは「もちろん、3000ポンドのテレビは必要ないけど……」といった具合だ。

(本記事は『勘違いが人を動かす──教養としての行動経済学入門』から一部を抜粋・改変したものです)