たびたびニュースを騒がせている「インフレ」。実は日本では実に40~50年ぶりであることをご存じだろうか。そもそもインフレとは何か、インフレだと何が起こるのか、経験として知っている人は少ない。そんななか、これから物価が上昇していく時代に突入しようとしている。
本連載では、ローレンス・サマーズ元米国財務長官が絶賛したインフレ解説書『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』から、「そもそもインフレとは何か?」「インフレ下では何が起こるのか?」「インフレ下ではどの資産が上がる/下がるのか?」といった身近で根本的な問いに答えている部分を厳選して紹介する。

なぜインフレ下だと高級外車が爆買いされるのかJ_News_photo - stock.adobe.com

「インフレ」とは、お金の価値が失われていくこと

 1970年代に育った私は、本の購入とお小遣いの受け取りをめぐって、かなり具体的な(そして頭の痛い)インフレを体験したことがある。本の頻繁な値上げだ(値下げは絶対になし)。

 ずっと買おうと思っていたペーパーバックの裏面に印字された元の値段の上からシールが貼られ、新しい(必ず値上げされた)価格に修正されていることがあった。もちろん、シールをこっそりはがしてしまいたいという衝動に駆られたけれど、幸いシールの接着剤の強さが私の欲望を抑えてくれた。

 ときどき、まだシールを貼っていない本が運よく見つかることもあったが、ほとんどの場合は、数週間前より値上がりしたという現実を黙って受け入れるしかなかった。

 それはインフレの1つの兆候だった。本はその1、2年前に印刷されていたし、内容、文章、ページ数、表紙はなんら変わっていないのに(シール以外)、それでも値段は上がっていた。(たぶん)定額のお小遣いに頼って暮らしていた私にとっては、最悪の知らせだ。「生活費」は上がっているのに、「賃金」は元のまま

 しかし、書店や出版社から見れば、それはむしろ大吉報だった。1972年に一定額の費用で生産した在庫を、1974年にずっと高値で販売できるのだから(当然、そのあいだに出版社のコストや書店の賃料も上がったわけだから、名目上の「利得」は上昇した賃金や強欲な家主のせいで吹っ飛んでしまったかもしれないが、それは私の知ったことじゃなかった)。

 そのとき何が起きていたのか。本がたとえばソファ、カメラ、牛肉などと比べて高価になっていたというよりも、貨幣(お金)が本と比べて、そして店頭で売られるほとんどの品物と比べて価値を失っていた、と表現するほうが正しい

 もしも当時、エニード・ブライトン〔イギリスの児童文学作家〕の作品を売り買いできるまともな中古市場があれば、それを活用して一儲けができていたかもしれない。私が集めた彼女の『フェイマス・ファイブ』冒険シリーズを手元に残しておき、数年後、もう読まない年齢になったら、元より高値で売り払えばいい。

 残念ながら、当時はまだeBayのような中古市場なんて存在しなかったし、購入希望者を探すためだけに、(少なくとも当時の私にとっては)値の張る「案内広告」を新聞に出す余裕などなかった。