受話器を持つビジネスパーソン写真はイメージです Photo:PIXTA

4月から入社予定の内定者から、3月に突然「内定を辞退したい」と申し出があった。入社1カ月前の内定辞退となればよほどの理由があるのかと、尋ねてみてもはっきりしない。人を採用するのにはお金も手間も時間もかかる。大した理由もなく内定を辞退した学生に対して、企業は損害賠償を請求することができるのだろうか?(社会保険労務士 木村政美)

<甲社概要>
地方都市にある、従業員数300人の大型機器専門メーカー。
<登場人物>
A:甲社の総務課長で人事労務の責任者。
B:地元の工業系大学を卒業後、4月入社予定の22歳。
C:甲社の社長。
D:甲社の顧問社労士。
E:新卒採用で4月入社予定の22歳。Bの同僚になるはずだったが……。

1カ月後に入社予定の内定者から
「内定を辞退したい」と電話が

 3月上旬の午後。管理職会議に出席していたA課長の元に、部下から内線がかかってきた。

「課長、内定者のBさんからお電話です。今会議中なので、終了後こちらからかけ直すと伝えたのですが、急ぎの要件らしいんです」
「分かった。すぐ戻る」

 A課長は一旦席を外し、自席からBの携帯に連絡した。

「もしもし、甲社のAといいます。急用とのことですがどうしました?」
「実は、内定を辞退したいんです」
「えっ?」

 Bの言葉にA課長は一瞬耳を疑った。

「内定を辞退するって……入社まであと1カ月もないというのに。何か不都合なことでもあったんですか?」
「一身上の都合です」
「具体的な理由が知りたいので、教えてください」

 しかしBはただ「すみません」と謝るばかりで、A課長の質問には答えようとしなかった。いったん電話を切ったA課長は、会議に戻ると発言中のC社長に耳打ちをした。

「社長、大変です。たった今、B君から内定を辞退したいと電話がありました」

 C社長は血相を変えた。

「なにーっ!彼とは1週間前に中華料理店で一緒に会食したばかりじゃないか。その時は入社したら早く仕事を覚えて活躍したいって言ってたのに、いきなり内定を辞退しますだと? 理由は何だ、理由は」
「ただ『一身上の都合だ』というばかりで、何も話そうとしないんです」
「理由を言わないなんて、そんなことが許されると思っているのか。会社をナメている。すぐB君に電話するから、番号を教えてくれ」

 C社長は専務に後の会議進行を託し、A課長と共に部屋を出た。