どん底を共有しているから目標はブレない
苦しさは分かち合い、成功は一緒に喜ぶ
開発に取り組んでいる間、2008年に邦裕は社長に就任、同時に智晴は専務に就く(2013年に副社長就任)。株式も兄弟で承継し「重要な意思決定は、常に二人で一緒に行っている」とのこと。
「意見が対立する時はもちろんありますが、いつも、会社にとってどちらがメリットになるかを基準に、話し合って選択しています」
きっと幼い頃から兄弟仲は良いに違いないと思ったが、さにあらず。「仲は良くなかったです」と邦裕は苦笑いする。
「お互い性格も考え方も違いますしね。ただ、二人とも家業が最悪だった時期を知っていて、進むべき目標が一致している。兄弟経営でうまくいっている理由の一つに、どん底の状態を共有していることが大きいです」
代表としての外部との交渉や営業の統括は邦裕が担い、製品開発やブランディング、マーケティング、財務は智晴が主導するなど、適材適所で役割を分担している。ただしこれも「明確に分けているわけではない」。
「父親が口癖のように言っていた言葉に、『社長が一番苦しい』というのがあります。社員がレストランで食事をしていても、社長は家でお茶漬けを食べなきゃいけないんだと。つらい立場だということを半分冗談交じりに言っていたのだと思いますが。私はその苦しさを、弟のおかげで半減できているのかもしれません」
バーミキュラの成功で「愛知ドビー」のロゴの入った帽子を誇らしげにかぶる職人が増えた。次の仕掛けは考えているのかと聞くと「2023年に発売したオーブンポット2はうちの最新技術が詰まっています。あれを作れるのは世界で愛知ドビーだけです」と智晴は胸を張る。
幼い頃から「うちの製品は世界一」と言い続けてきた兄弟は、今後もそれをスローガンとしていくのだろう。
経営者としての覚悟があれば、継ぐ人の性別や経営スタイルは不問でいい。事業承継の形も今後、さまざまに広がっていくだろう。重要なのは、家業を将来にわたって盤石に継続すること。長子単独にこだわらない経営者が増えて事業承継の選択肢が増えることは、中小企業の後継者不足を解決する糸口になるに違いない。
(文中敬称略)