同じ頃、イギリスでも熱心に人間の表情を観察している人がいました。生物学の天才、チャールズ・ダーウィンです。

 ダーウィンも、怒りや悲しみ、喜びの感情に伴う表情の変化を熱心に観察し、生まれつき目が見えない人でも同じような表情をすること、表情を意図的にコントロールするのは難しく、それぞれの感情に応じて、常に同じ表情になることを見つけました。さらに、さまざまな国の人に手紙を送り、同封された表情の写真がどのような感情を表しているかを尋ねました。すると、どの国の人も表情を同じように捉えていることがわかったのです。これらの事実に基づき、ダーウィンは、表情は学習や文化ではなく、遺伝で決定される、人類共通の普遍的なものであると唱えました。けれども、このダーウィンの考えは、表情が文化依存的と考える人類学者から厳しい批判を受け続けていました。しかし、それから100年後、ダーウィンが正しかったことを証明したのが心理学者のポール・エクマンです。

表情は人類共通か
部族の人々に行った実験

 2009年、アメリカでは『Lie to me 嘘の瞬間』というテレビドラマが流行しました。主人公のカル・ライトマン博士は、別名“人間ウソ発見器”と呼ばれ、人々のわずかな表情の変化や無意識の動作からウソを見抜いてしまいます。このライトマン博士のモデルとなったのが、表情研究の第一人者ポール・エクマンなのです。エクマンは、さまざまな表情のパターンから感情を同定するシステムを開発し、FBIやCIAなどアメリカの政府機関の心理アドバイザーも務めている人物です。エクマンも、当初はダーウィンに批判的で、顔の表情は文化の影響を受けているに違いないと考えていました。それを検証するために、彼はパプアニューギニアを訪れ、西洋文化と接触を持ったことがなく、新石器時代の生活をしている部族の人々を対象に実験を行ったのです。

 エクマンは、喜び、悲しみ、怒り、驚き、嫌悪、恐怖の6つの感情を表現した西洋人の顔の写真を多数用意しました。そして、それらをパプアニューギニアの部族の人々に見せ、それぞれの写真に最もふさわしい感情を6つから選んでもらったのです。選択肢が6つあるので、もしランダムに選んでいたとすれば、正答率は17%になります。実験の結果、現地の人々の正答率は、喜びは82%、恐怖は54%、怒りは50%というように、どの感情でもランダムに選んだ場合と比べると高い確率となりました。