戦略リスクへの対応は未来予測に基づいた戦略立案

 一般的には、普段から誰もが気にかけているオペレーションリスク(短期×運用)とは別に、戦略リスク(長期×戦略)を考えることになる。

 戦略リスクへの備えとしては、未来を予測し、それに基づいて戦略を立案することが不可欠である。これには、シンクタンクなど各機関が提供する「未来年表」やマーケティング手法の「PEST分析(後述)」が有効なツールとなる。

「未来年表」とは、さまざまな分野で予想される主要な変化を時系列で整理したものである。すでに(ほぼ)確定している未来はたくさんある。未来年表は、その時期に確実に起こること、および予定されていることが記されている。似たものに “未来予測”があるが、こちらは予測なので、当たるかもしれないし、当たらないかもしれない。

 戦略リスクを考えるために、まずは未来年表で、確実に起こること、予定されていることを確認するだけで、未来への備えは大きく変わる。例えば、2026年には次期マイナンバーカードがスタートし、2030年までには東証プライム上場企業では女性役員比率を30%以上にすることが(かなりの確度で)求められる。先を見て動く企業は、未来に(かなりの確率で)起こる事象に対し、早くから準備を始めているはずだ。

 次に「PEST分析」である。政治(Politics)、経済(Economy)、社会(Society)、技術(Technology)の視点から外部環境を分析し、これらの変化が組織に与える影響を考察する。現代マーケティングの第一人者と言われるフィリップ・コトラーが考案した手法である。

 会社の事業計画においては、多くの場合、経営学者であるヘンリー・ミンツバーグ提唱の「SWOT分析」が使われる。自社の外部環境と内部環境をStrength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)に分けて分析する手法だ。これも有用なフレームワークなのだが、同等かそれ以上に有用な「PEST分析」を、3社に1社も使っていない。とてももったいないと思う。

 そこで「PEST分析」の有用性について、簡単に解説しておく。

◆政治(Politics) 
 政府の政策、政治的安定性、税制、貿易規制、労働法など、政府の行動や政治的状況が組織に与える影響を分析する。例えば、新しい規制政策や政治的不安はビジネスのリスクを高める。

 昨今、重要性が増しているのは、国際政治情勢である。他国政府の政策変更で、突然、必要な原材料が獲得できなくなったりするから、常に代替ルートを確保しておかなくてはならない。監督官庁や業界団体だけを見ておけば良い、というのはすでに昔の対応である。

◆経済(Economy) 
 経済成長、インフレ率、失業率、為替レート、利子率など、経済状況が組織の運営や収益性に及ぼす影響を分析する。これは、消費者の購買力やビジネスのコスト構造に直接影響を与える。

 例えば、約30年ぶりのインフレの時代に突入しつつある今、事業計画において“インフレ調整”はなされているだろうか。インフレ率が3%なら去年の100万円は今年の103万円だ。会社や部門の目標設定はその率で計算したとき、本当に正しいのかチェックしなければならない。過去、狂乱物価への対応からインフレ調整を経験した世代はほぼ引退してしまっている。OBに話を聞いて、インフレへの対応を予習しておかなくてはならないだろう。

◆社会(Society) 
 人口動態、教育水準、文化的傾向、健康意識、ライフスタイルの変化など、社会的なトレンドや変化が組織に与える影響を考察するものだ。市場の需要や消費者の好みに影響を与え、製品開発やマーケティング戦略を左右する。

 例えば教育市場では、少子化の影響がすでに顕著で、中高大の学生獲得競争は熾烈を極める。他の産業も明日は我が身だ。もちろん、教育産業でも、地域ごと、領域ごとで細かく見ると希望がないわけではない。未来の趨勢をしっかり予期して、巧みなポジショニング戦略を取ることが求められる。

◆技術(Technology) 
 新技術の発展、技術革新のペース、研究開発活動、技術的な障壁など、技術的な進歩が組織に与える影響を分析する。技術の進化は、製品やサービスの提供方法、製造プロセス、市場競争の構造を変える可能性がある。

 言うまでもなく、生成AIだけでなく、昨今の技術進化は、企業の付加価値創造のあり方を根本的に変えてしまう。担当事業にはどんな技術変化が関わってくるのか、常に想定しなくてはならない。一見関係ない技術進歩が回りまわって影響する可能性もあるので、因果連鎖をたくましく検討し、幅広く想像(妄想)することが重要だ。

 このように「PEST分析」を使うと、ビジネス環境を包括的に理解し、機会を最大化し、リスクを最小限に抑えるための基盤を明確にすることができる。