対して日本は、夫は夫の交友関係を持ち、妻は子どもがいる場合は、ママ友コミュニティを中心に交友関係をつくります。基本的に、子どもの幼稚園や小学校の学校イベント(保護者会やPTA役員など)、子の交友関係や学業関係は母親が担います。また子どもがいなくても、母親や姉妹との外食や旅行、友人との「女子会」など結婚前からの親密関係が続くことが多く、女性同士のコミュニケーションが活発です。そこに夫が新たに加わることはめったにありません。

「濡れ落ち葉」「旦那はATM」配偶者への愛情がなくても離婚しない日本独特の夫婦観『パラサイト難婚社会』
山田 昌弘 (著)
定価990円
(朝日新聞出版)

 一方で夫は、仕事での交友関係がまずは重視されます。さらに、会社の人との飲み会や休日のゴルフなど、仕事の延長ともレジャーともつかない活動で仕事以外の時間を過ごすことが多いのです。つまり、余暇の時間も夫と妻で分かれているのが、従来の典型的な夫婦の時間の使い方でした。

 時間だけでなく「愛情」すらも、日本では分散されがちです。日本の新橋や新宿などでは、サラリーマン(男性ばかり)が盛り上がり、キャバクラやクラブに繰り出す姿がよく見られますが、これも海外の人々からは大いに驚かれる光景です。そう、日本の男性(夫)は、愛情や関心を家族や妻へ100%注力しなくてもいい。キャバクラやクラブ、アイドルの推し活やゲームなど、多方面に分散できる社会なのです。一方で女性(妻)の側も、持てる愛情をすべて夫に傾けるよりは、子どもや母親や姉妹、女友だちやアイドルの推し活やペットなど、多方面に分散投資することで、日常を心穏やかに過ごすことができるのです。

 仮に配偶者が100%の愛情を注いでくれなくても、あるいは共通の時間がなくても日々の潤いが枯渇せず、楽しく生きていける国。それは、先進国では日本くらいかもしれません。妻からつれなくされても、キャバクラに行けば女性がちやほやしてくれるし、夫との会話がゼロでも、アイドルのコンサートに行けば愛情が満たされる。子どもに愛情を注ぎ、ペットから懐かれれば、明日からまた頑張ろうと思える。インターネットやSNS、ゲームや動画視聴手段がこれだけ増えれば、家族や恋人がいなくても十分人生を楽しみ、時間をつぶすことも可能です。これを私は「愛情の分散投資」と呼んでいます。他国では「夫婦」「家族」に集中しがちな「愛情」を家族以外の多方面に分散することで、日本人の幸福感が保たれているのかもしれません。その結果、日本のアニメやゲームなどのバーチャル文化が大人も楽しめるものとして、ここまで発展したのだと考えています。

山田昌弘(やまだ・まさひろ)
1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。現在、中央大学文学部教授。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主な著書に、『近代家族のゆくえ』『家族のリストラクチュアリング』(ともに新曜社)、『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『新平等社会』『ここがおかしい日本の社会保障』(ともに文藝春秋)、『迷走する家族』(有斐閣)、『家族ペット』(文春文庫)、『少子社会日本』(岩波書店)、『「家族」難民』『底辺への競争』(朝日新聞出版)などがある。

AERA dot.より転載