「わかっちゃいるけど、やめられねぇ」遅い決断

 ただ、賢明な読者は気づくだろう。これらのスタンスは一見すると、消費者や取引先など「組織外の人たち」のことを配慮しているようで、実のところは「組織内の人たち」の立場や面子を守ることを優先している。

 いくらきれい事を言っても、やはりみなサラリーマンなので、何か問題が起きた時に責任を負わされたくない。そこで、各部署が「戦犯」として吊し上げられないように、万全の準備をしているだけだ。消費者や社会のことを第一に考えているのではなく「保身」である。

 例えば、開発部門は自分たちの責任にならないように、「原因を究明する時間が欲しい」と言う。品質管理部門も「なぜ問題を見落としてしまったのか検証する時間が欲しい」と言う。営業部門も「取引先への根回しや、説明できるだけの客観的なデータなどが欲しい」と言う。こういう組織内の声を全て平等に吸い上げて対応をすると、時間はいくらあっても足りない。

 筆者も、ある企業で、問題が発覚してから自主回収までどれくらい時間がかかるかという会議に参加をしたことがあるが、各部門にそれぞれ準備期間を答えさせて、スケジュールを調整したら、「自主回収は2カ月後」という結果になってあ然とした経験がある。
 
 今回、小林製薬は1月15日に最初の医師の報告を受けてから、3月22日の自主回収まで2カ月以上費やしている。世間は「遅きに失する」と批判しているが、企業危機管理の現実を目の当たりにしてきた筆者からすれば、それほど驚くようなものではなく「まあそんなものでしょうね」という感じだ。

 よく日本企業は「決断のスピード」が遅いと言われる。例えば、よく聞くのは、アメリカ・シリコンバレーのスタートアップが、日本企業と商談をしても、「一旦会社に持ち帰らせてもらいます」と言われて何カ月も寝かされて愛想を尽かすなんて話だ。中国企業がサクサクと進めるビジネスを、日本企業の場合、社内決済まで半年かかるなんて笑い話もある。

 これは危機管理の現場でも本当に多い。一刻も早く決断や公表をしないと致命的なダメージを負うのは目に見えているのに、「決断できない理由」を並べて放置をする。結果、目も当てられない大炎上に至る企業をいくつも見てきた。

 その中でもっとも恐ろしいのは、筆者のような外部のコンサルがいくら強く指摘をしても、「まあ、うちはこういう会社なんで」という感じで経営幹部まであきらめている会社だ。

 実際、今回の記者会見でも小林社長は「判断が遅かったと言われれば、その通りです」と、うなだれている。組織内の論理を踏まえると、判断を早くすることは不可能だと、はなからあきらめているようにも聞こえる。

 昭和の名曲「スーダラ節」の中に「わかっちゃいるけど、やめられねぇ」という有名な歌詞があるが、まさにその境地である。

「わかっちゃいるけど、対応の遅さをやめられない」――。企業危機管理担当者のみなさんは、「保身」に流れがちな組織内の同調圧力に屈することなく、迅速な対応を目指していただきたい。

(ノンフィクションライター 窪田順生)

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