台湾でうわさされる
「肝臓を売る」の意味

 TSMCは、人材の積極採用でも有名だ。日本貿易振興機構(JETRO)の2022年5月の資料によると、同社の人材採用人数は、15年から20年までの6年間で2.1倍に拡大し、21年には9000人、22年は8000人以上の採用を予定していたという。

 台湾の人々が、TSMCに入社した若手人材を羨望の目で見るのは、“破格の待遇”だからだ。妹の息子が同社に勤務しているという台湾在住の女性Aさんはこう明かしている。

「台湾の大学新卒の年収は、ボーナス込みで40万台湾ドル(約190万円)程度だといわれていますが、TSMCの場合、数年勤務しただけで100万台湾ドル(約470万円)を超えます。同じ年代や同じ業界に比べて、TSMCはズバ抜けた待遇なんです」

※物価の安い台湾の平均年収(2022年)は、約300万円と言われており、日本の約458万円と比べると開きがある。

 一方で、その仕事場は特殊だ。一般に半導体工場は365日24時間止まることがなく、作業が行われるのはチリやホコリのわずかな浮遊物も許されないクリーンルームだ。入室には、手洗いとマスク着用に始まり、無塵衣を着て手袋をはめ、エアシャワーを浴びるといったプロセスを要求され、工場内では、高度な精度機器を常に監視しながら調整を行うなど、難しい作業が求められる。

 TSMCの好待遇を受けながら、こうした空間で働くエンジニアを、台湾の人々は「高級作業員」と呼んでいる。確かに給料はいいが労働は過酷だ。Aさんは、息子を案じる妹の心中をこう語る。

「おいは、朝から晩まで白い無塵衣を着て作業を続けているようです。着脱に時間と手間がかかるので、トイレに行かなくていいように水分も極力取らないようにしています。シフトによっては深夜労働もあります。妹は、これがもとで息子が体を壊すのではないかと心配しているのです」

 夜勤も避けられない半導体製造は、「寝る時間が減る業界」とも捉えられている。台湾など中華圏では、「夜中の11~3時に夜更かしをすると、肝臓の解毒効果が妨げられる」と言われ、「徹夜は肝臓を壊す」と信じられている。そのため、一部の市民の間では「TSMCで働くのは肝臓を売りに行くようなものだ」とうわさされている。もっともここには「高給取り」へのやっかみもあるのかもしれない。

 Aさんによれば、TSMCに新卒で入社した場合、3年がひとつの節目となるという。

「3年を経てステップアップできない場合、現場労働を繰り返すことになりますが、それは本人にとってもつらいこと。家族も、これ以上は体を壊すから辞めたほうがいいのでは、という心境になります」(同)