モリス・チャンも歓迎しない米中冷戦
「ドライな経営」の台湾ビジネスは過酷な世界

 台湾や日本、中国を含むアジアの人々の国民性は、「上に従順」で、残業もやむなく受け入れる傾向があるが、米国のエンジニアたちにとっては耐え難いようだ。これが示すのは、製造業はアジア、それも中国が支えた部分が大きかったということだ。

 半導体産業に詳しい、都内の私大教授はこう語る。

「中国には30万人を超える労働者を集める工場が存在しますが、これはどの国においても至難の業です。しかも、そこで働く多くの労働者が、幼少から厳しい学校教育を受けてきた人材で、個人の権利の主張を繰り返す先進国の労働者とはだいぶ異なります。アジアで製造業が発展する理由はそれなりにあるのです」

 新型コロナウイルスのパンデミックから4年がたった。2020年当時、トランプ大統領の経済顧問ラリー・クドロー氏の「予算を付けてでも、米国企業を中国から米国に戻すべきだ」という発言をきっかけに、米国のサプライチェーンの見直しはより戦略的になって行った。

 その内容は、まずは米国にとって核心的な産業チェーンを中国から米国へ移転させ、次に重要な産業チェーンを主要同盟国に移転させ、労働集約型の産業については南アジアや東南アジアなどの場所に移転させるというものだった。今、まさにそのシナリオは現実のものとなっている。

※台湾はそれ以前から、コスト上昇や投資環境の変化を背景に、台湾企業の大陸依存を分散させる政策を導入していた。

 安全保障問題から始まったサプライチェーンの再構築だが、日本政府は巨額の補助金を付けてTSMCの熊本誘致に成功した。総額は最大約1兆2000億円余りだという。先頃公示価格が公表されたが、菊陽町の商業地は前年比30.8%の上昇で全国2位、隣接する大津町が同33.2%で全国1位となった。熊本県の地元は “半導体バブル”に沸いている。

 その半面、モリス・チャン氏が、昨秋のMIT講演で締めくくったのは「自由市場、自由貿易、グローバリゼーションは過去のものになった。できることなら冷戦を避けよう、これが私のメッセージだ」という言葉だった。チャン氏もまた米国主導で作られた“現状”を歓迎してはいないことがわかる。

 人材を巡っては課題もある。父親がモリス・チャン氏と交流を持っていたという台湾系華僑はこう話す。

「台湾は日本と親和性があると思われていますが、台湾のビジネスについては欧米式で実力主義です。実績を出せなければ、翌年は『サヨナラ』というかなりドライな経営で、離職率も高い。台湾の半導体業界は給与提示額が多いと騒がれていますが、『使えなければそれまで』という世界です」

 日本における半導体関連産業の従業員数は、すでにこの20年間で3割も減少した(経済産業省)。台湾系主導の半導体産業は、“多産多死型の過酷な世界”といわれるだけに、「最終的には人材獲得競争だ」(前出の大学教授)。

 日本でも人材の育成と確保が焦眉の課題となっている。