直木賞作家・今村翔吾初のビジネス書『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)では、教養という視点から歴史小説について語っている。小学5年生で歴史小説と出会い、ひたすら歴史小説を読み込む青春時代を送ってきた著者は、20代までダンス・インストラクターとして活動。30歳のときに一念発起して、埋蔵文化財の発掘調査員をしながら歴史小説家を目指したという異色の作家が、“歴史小説マニア”の視点から、歴史小説という文芸ジャンルについて掘り下げるだけでなく、小説から得られる教養の中身おすすめの作品まで、さまざまな角度から縦横無尽に語り尽くす。
※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。

【直木賞作家が教える】ロシアにとっての大きなトラウマ「タタールの軛」とは?Photo: Adobe Stock

「タタールの軛(くびき)」

ロシアがモンゴル帝国に征服されてから独立を回復するまでの、約240年にわたる時代を「タタールの軛(くびき)」といいます。

これはモンゴル帝国に税金や貢租(こうそ)を納めさえすれば、ロシア人に一定の自立性を認める間接支配のことです。

乱暴にまとめていえば、もともと別の国、別の文化圏であり、別の宗教であった場所を、モンゴル帝国が一緒くたに統一してしまったことが、ある種の歪みを生んだのではないかと思います。

それぞれのアイデンティティ

私たち日本人は、欧米人から中国・韓国人とほぼ一緒のように見られがちですが、実際には日本人も中国人も韓国人も、それぞれ別の文化を持つ独立した存在であると自覚しています。

同じように、私たちは何となく「ヨーロッパの人たち」というイメージで一括りにしがちですが、ヨーロッパの人たちもそれぞれのアイデンティティを持っているわけです。

そういったアイデンティティはたとえ他国に征服されたとしても、消えずに残っていて、どこかのタイミングで沸々と発芽するのかもしれません。

チンギス・ハンを
掘り下げた傑作

ロシアにとって「タタールの軛」は大きなトラウマであり、これが周囲からの包囲を極端に恐れる臆病さや、攻撃的な姿勢を生み出しているともいえます。

モンゴル帝国による支配の歴史を学ぶには『蒼き狼』(井上靖 著)や『チンギス紀』(北方謙三 著)のシリーズがおすすめです。

特に『チンギス紀』ほど、チンギス・ハンという人物を掘り下げた作品を私は知りません。

こうした作品を読んで知識を身につけておけば、さまざまな角度から議論ができます。戦争の問題については、ただ非難するだけでなく、歴史を学んで語ることも重要でしょう。

※本稿は、『教養としての歴史小説』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。