多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

「深い話ができる上司」と「表面的な会話で終わる上司」を分ける“決定的な違い”とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

ダメな「1on1」の特徴とは?

「あの上司とは、深い話ができる」
 部下にそんなふうに思われる“優れた上司”もいれば、
「あの上司とは、表面的な話しかできない」
 と思われている“残念な上司”もいます。
 その差は、どうやって生まれるのでしょうか?

 シンプルに言えば、「傾聴力」の有無によるということになります。
 そして、「傾聴」の基本は、相手が話したそうにしていることを聴くということに尽きます。

 逆に言えば、聴き手が、自分自身の興味関心に基づいて質問するのは「傾聴」とは言わないのです。
 例えば、職場の1on1で、「仕事の進捗状況はどうか?」「売上目標の達成見込みはどうか?」といった、上司が確認したいことを質問するのはNG。それでは、いくら部下の話に耳を傾けたとしても、部下は「言わされてる」だけのことで、心を開くことなどできるわけがありません。部下が話したようにしていることを聴くことこそが、「傾聴」のコツであり、「1on1」を実りあるものにするコツなのです。

コミュニケーションの「5段階」

 とはいえ、話し手の話にただついていくだけでは、「よい傾聴」になりません。では、どうすればいいのでしょうか? 答えはシンプル。「気持ち=感情」を聴くのです。

 コミュニケーションは「浅いレベル」から「深いレベル」まで階層になっています(下図参照)。
 いちばん浅いレベルが「できごと」を聴く。例えば「昨日、浅草に行ったんです。人がたくさんいました」というレベル。これは心理学的に言えば、極めて浅いコミュニケーションです。なぜならば、ここに話し手の「心」は一言も語られていないからです。

 二つ目のレベルは「思考」を聴く。「ロジカルシンキング」や「分析」が近いでしょう。例えば「浅草は混んでいました。インバウンドが増えてきたのが原因ですね」。これが思考のレベル。まだまだ浅いコミュニケーションです。思考を聴いているだけでは、人となりが少しだけしか見えてこないからです。

「深い話ができる上司」と「表面的な会話で終わる上司」を分ける“決定的な違い”とは?

 相手の「思考」ではなく、「気持ち=感情」を聴く

 では、「よい傾聴」においては、何を聴いているのでしょうか?
 思考ではなく、「気持ち=感情」を聴いているのです。

 例えば、相手が「昨日、浅草に遊びに行ったんです」と話し始めたとしましょう(それが、相手が話したいことだったとします)。

 そんなときには、こんなふうに聴いてみるのです。
「ほぉ、浅草は混んでいましたか(できごと)? それを見てどう感じましたか?(感情)」

 この質問に対して人はさまざまな答えを返すでしょう。
「にぎやかでワクワク(感情)しました」という人もいるでしょう。「コロナに感染しそうで怖くなり(感情)ました」という人や、「混んでいて億劫(感情)になりました」という人もいるかもしれません。同じできごとに遭遇しても、抱く感情は人それぞれであり、それが「人となり」なのです。そして、「気持ち=感情」を聴くことこそが、相手と深く対話することであり、相手を知ることなのです。

「感情」に焦点を当てる方法

 だから、「よい傾聴」をするためには、この「気持ち=感情」を対話の中で何度も何種類も聴くことが大切です。

 例えば、「隅田川を船で下ったのですね(できごと)。どんな気分でしたか?(感情)」と聴いても、この質問に話し手が答えてくれるとは限りません。

「気持ち=感情」を質問したのに、「ボートはあまり混んでないと感じました」と「(できごと)+(思考)」で返事が返ってくるのはよくあることです。そこであきらめてはいけません。しつこくならないように、「混んでないと思った(思考)時に、どう感じ(感情)ましたか?」と重ねて聴くのです。このように、話し手が語ることに対して、「どう感じたか?」と繰り返し聴くことで、ようやく感情に焦点を当てることが可能になり、「よい傾聴」へと繋がっていくのです。

深いコミュニケーションの「糸口」をつかむ

 これは「1on1」でも同じです。上司が「仕事の進捗状況」「売上目標の達成見込み」などを聴くのは論外ですが、部下が話したいことを聴いているだけというのもNG。そのときに、部下の「感情」を聴いていく必要があるのです。

 例えば、部下が「後輩のAさんのやる気が感じられないというか、打っても響かない感じで……」などと語り始めたとしたら、それに対して、「AさんがZ世代(事実)で冷めている(思考)ということですか?」などと聞いても、話は深まっていきません。大事なのは、「Aさんのやる気が感じられない」ことに対して、部下がどのように感じたのか(感情=喜怒哀楽+α)を聴くことです。

 例えば、こんなふうに聴いてみるといいかもしれません。

「君が熱心に指導しても、Aさんには響いてない感じなんですね。それは、もどかしく感じますよね?」。あるいは、「一生懸命に働きかけても、やる気が感じられないと、がっかりするよね?」などと聴いてもいいでしょう。このように、部下の「気持ち=感情」を聴いていくと、「そう、そうなんです!」という反応が返ってきたり、「いや、もどかしいというか、自分の指導力が低いんだと落ち込んじゃうんですよね」などと、自らより深い感情を吐露してくれるかもしれません。このように、「感情」を繰り返し聴くことで、深いコミュニケーションへの糸口をつかみとっていくのです。

 このように、「できごと」や「思考」だけを聴いていると、「よい傾聴」にはなりません。
 徹底して「感情」に焦点を当てることこそが、「よい傾聴」を行うための必須条件であり、「深い話ができる上司」になる第一歩なのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。