このように、私たちは賢くなればなるほど、たくさんの連想ゲームができるようになります。怖いものがたくさんある人は、たくさんのことを知っている賢い人でもあるのです。

まだ起きていないことを心配する力
社会学習とルール支配行動

 恐怖条件づけは実際に経験することで恐怖を学習しますが、私たちはまだ一度も経験したことのない危険も心配することができます。地球の反対側で起こっている戦争を怖がったり、一度も死んだことはないはずなのに死を恐れたりします。これらは条件づけのメカニズムでは説明できません。

 人は自分が体験したことだけでなく、他人が経験したことからも学習できるのです。これを社会学習といいます。

 職場で遅刻してきた人がこっぴどく叱られているのを目撃したら、次の日から時間どおりに出勤しようとするでしょう。「人のふり見てわがふり直せ」と言いますが、これは人だけでなく、チンパンジーなども持っている能力です。

 私たちが戦争を防ごうと思えるのは、実際に戦争の被害に遭った人たちがいて、その人たちの悲しみや苦労を見て学習しているからです。

 では、死についてはどうでしょうか?

 私たちは死んだ人を見たことがあっても、死んだ人が死んだことをどう思っているのか、死んだあとにどこへ行くのかを知る術がありません。「死んでよかった」と答える死人がいてもおかしくないのですが、それなのに死は悪いことで、寿命は延ばすべきだと考えているふしがあります。それはなぜでしょうか?

 その理由は人とチンパンジーの違いにあります。

 人とチンパンジーのいちばん大きな違いは、言葉を使うことです。言葉を使うと自分や他人が体験したことだけでなく、架空のおとぎ話からも学習することができます。

 たとえば、サンタクロースの存在を信じている子どもは、サンタクロースからプレゼントをもらうために手紙を書き、クリスマスの直前はお利口でいようとします。チンパンジーは賢い動物ですが、サンタクロースとプレゼントの因果関係はわかりません。チンパンジーに「あなたがプレゼントをもらえたのはサンタクロースのおかげよ」と言葉で伝えることができないためです。