元東北楽天ゴールデンイーグルス社長で、現在は宮城県塩釜市の廻鮮寿司「塩釜港」の社長と地方創生ファンド「PROSPER」の代表を務める立花陽三さんと、元プロ野球選手で現在は経営コンサルタントとして活躍されている高森勇旗さんの対談が実現した。立花さんのご著作『リーダーは偉くない。』(ダイヤモンド社)、高森さんのご著作『降伏論 「できない自分」を受け入れる』(日経BP社)を軸に、ビジネスからスポーツまで縦横に語り合っていただいた。今回のテーマは「マネジメント」。立花さんが楽天野球団の社長だったころのエピソードをもとに、うまくいくマネジメントと失敗するマネジメントの「決定的な違い」について掘り下げていただいた。(構成:ダイヤモンド社・田中 泰)

「自分の正しさ」や「お金」にこだわるリーダーは、結局うまくいかない。では、成功するリーダーがこだわるものとは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「球団社長ほど面白い仕事はない」

高森勇旗さん(以下、高森) 僕は、これまでプロ野球関係者から、立花さんの噂をいろいろ聞いてきました。「あの人は、すごい」って。そのときに聞いた話で、僕が特にすごいと思ったのは、立花さんが「プロ野球の球団社長ほど面白い仕事はない」と常々おっしゃってるという話でした。

立花陽三さん(以下、立花) いや、だってあんな面白い仕事ないでしょ? 一試合一試合に「勝負」がかかっている。勝ったらめちゃくちゃ嬉しいし、負けたらめちゃくちゃ悔しい。そんな仕事ってそうそうあるもんじゃないですよね。

 それに、「何をしたら、お客様は喜んでくださるか?」を真剣に考えて、何度もトライアンドエラーを繰り返していけば、必ずお客様は来てくださるようになる。そして満足気に帰られるお客様の姿を見るときって、本当に心の底から「幸せな仕事」だと思いますよね。

高森 僕もそう思うんです。DeNAのビジネススクールの最終回で、DeNAの木村洋太球団社長と対談させていただいことがあるんですが、学生の方から「スポーツビジネスの醍醐味は何ですか?」と質問されたときに、僕は「みなさんは、仕事でハイタッチしますか?」と聞き返したんです。

 多分、あまりそういう仕事ってないと思うんです。「難攻不落のクライアントから契約をいただいてハイタッチ」みたいなことはあるかもしれないけれど……。スポーツビジネスのように、勝ったら腹の底から「よっしゃ!」となり、負けたら泣いて悔しがるというように、ドーパミンがドバッと出るような感動のある仕事ってそうそうないですよね。

立花 まさに、そうですね。僕は、仕事で感動することが多いけれど、スポーツビジネスの「あの感じ」は独特ですね。

「自分の正しさ」や「お金」にこだわるリーダーは、結局うまくいかない。では、成功するリーダーがこだわるものとは?立花陽三(たちばな・ようぞう)1971年東京都生まれ。小学生時代からラグビーをはじめ、成蹊高校在学中に高等学校日本代表候補選手に選ばれる。慶應義塾大学入学後、慶應ラグビー部で“猛練習”の洗礼を浴びる。大学卒業後、約18年間にわたりアメリカの投資銀行業界に身を置く。新卒でソロモン・ブラザーズ証券(現シティグループ証券)に入社。1999年に転職したゴールドマン・サックス証券で実績を上げ、マネージング・ディレクターになる。金融業界のみならず実業界にも人脈を広げる。特に、元ラグビー日本代表監督の故・宿澤広朗氏(三井住友銀行取締役専務執行役員)との親交を深める。その後、メリルリンチ日本証券(現BofA証券)に引き抜かれ、数十人の営業マンを統括するも、リーダーシップの難しさを痛感する。2012年、東北楽天ゴールデンイーグルス社長に就任。託された使命は「優勝」と「黒字化」。星野仙一監督をサポートして、2013年に球団初のリーグ優勝、日本シリーズ制覇を達成。また、球団創設時に98万人、就任時に117万人だった観客動員数を182万人に、売上も93億円から146億円に伸ばした。2017年には楽天ヴィッセル神戸社長も兼務することとなり、2020年に天皇杯JFA第99回全日本サッカー選手権大会で優勝した。2021年に楽天グループの全役職を退任したのち、宮城県塩釜市の廻鮮寿司「塩釜港」の創業者・鎌田秀也氏から相談を受け、同社社長に就任。すでに、仙台店、東京銀座店などをオープンし、今後さらに、世界に挑戦すべく準備を進めている。また、Plan・Do・Seeの野田豊加代表取締役と日本企業成長支援ファンド「PROSPER」を創設して、地方から日本を熱くすることにチャレンジしている。著書に『リーダーは偉くない。』(ダイヤモンド社)がある。

高森 ただ一方で、僕がプロ野球選手だった頃は、球団のなかには、いわゆる「社内政治」が蔓延っていて、誰が誰にゴマをするかみたいな話ばっかり聞こえてくるところもあって、そういう球団の人たちを見てると、すごくつまらなそうに仕事をしてるんですよね。

 そんな人たちも見てきたから、立花さんのように「プロ野球の球団社長ほど面白い仕事はない」と明言できる社長さんってすごいなと思っていたんですが、『リーダーは偉くない。』を読んで、「なるほど!」と腹落ちすることがあったんです。だから、立花さんは楽天野球団であれだけの結果を出されたんだな、と。

立花 なんでしょうか?

「自分の正しさ」を証明しようとすると失敗する

高森 僕なりに、経営幹部のコーチングをしていて思っていることがあります。社長でもマネジャーでも、うまくいかないときにはいくつかの典型的なパターンがあって、そのひとつが、コミュニケーションにおいて「自分の正しさ」を証明しようとすることです。ほぼほぼ人と対立して、仕事がうまく回らなくなってしまうんです。

 一方、球団社長としての立花さんの原点は、『リーダーは偉くない。』に書いてあるとおり少年時代に神宮球場に行ったときに強烈に感じた「ワクワク感」にあるんだと思うんです。「自分の正しさ」を証明しようとするんではなくて、少年時代に感じた「ワクワク感」を原動力にされていたというか。

立花 本当にそうだったと言っていいのか、僕にはわかりませんが……。嬉しいことを言ってくれますね。

 というのは、これは本にも書きましたが、僕は、楽天野球団に来る前に、メリルリンチのマネジャーとして引き抜かれたんですが、そこでは正直うまくいかなったからです。はっきり言って、大失敗をしたと思ってるんです。

 当時の僕は、ゴールドマン・サックスで結果を出した自分のやり方が正しいと信じて、それをメリルリンチの社員たちに押し付けようとしていたんだと思います。高森さんのおっしゃるとおり、「自分の正しさを証明しよう」としていたのかもしれない。その結果、社員のみなさんと信頼関係を築くことができなかったのです。

 だけど、楽天野球団では本当に楽しくやらせていただきました。もちろん、お客様に喜んでいただくのは簡単なことではありませんが、それができたときには本当に楽しくて、嬉しくて、幸せですからね。いくら僕が「正しい」と思っても、お客様に喜んでいただけなかったら、それは「正しくない」んです。だから、自分の「正しさ」にこだわるようなことは、ほとんどなかったんじゃないかと思いますね。

高森 仙台ですごくお世話になっている寿司屋さんがあって、そこに昨年末に行ってきたんですが、そこの大将が、立花さんが社長だった頃の思い出を語っていらっしゃいました。

 例えば、二軍の球場でも、立花さんが率先して、お客様のところを回って、一人ずつ頭を下げて、一軍のチケットを一枚一枚手売りしていた、とか。しかも、「今度球場でこんな面白いことをやるから、見にきてほしいんです!」「一回見に来てください。すごいから!」と本気で訴えていたとおっしゃいます。

 大将は、その立花さんの姿勢から、「お客様に楽しんでほしい!」という気持ちがストレートに伝わってきたとおっしゃってました。この社長は、「金」のために頑張ってるんじゃないな、と。だからこそ、社員さんたちも、お客様もつられて盛り上がっていったんじゃないかなとおっしゃるんです。

立花 そうですね。もちろん、経営するうえで「金」は大切ですが、それを目的にするのは違うな……とは思っていました。それで、球団社長になって、どうやって経営するか考えていたころに、僕の「原体験」をよく思い出したんですよ。まだ小さいときに、親に手を引かれて、神宮球場の薄暗い通路を歩いて、短い階段を登り切った瞬間のことです。

 ものすごく眩しい光が降り注いで、思わず手の平で目を覆いましてね。それと同時に、ウワーッと地鳴りのような歓声に包まれて、「おおおお! なんだこれは!」と言葉にならない感情が込み上げてきたんです。あの「強烈にワクワクする感覚」や、「野球ってすごい!」という感動は、いまだに生々しく覚えてますね。

 それで、球団経営の本質は「これ」だと思ったんです。なぜなら、僕自身、子どもの頃から今に至るまで、あのような「ワクワク感」や「感動」を味わいたくて球場に足を運んできたからです。だから、お客様に「ワクワク感」や「感動」をご提供することこそが、球団経営の本質だと確信したんです。

高森 僕は、そこが素晴らしいと思ったんです。なぜなら、社長である立花さんご自身が、単にビジネス観点で効率的にお金に変えていくというスタンスではなく、お客様に「ワクワク感」「感動」を生み出すための「しもべ」となられているからです。そこに、「自分の正しさを証明する」という動機の入り込む余地がない。

 むしろ、「俺はこう思ってたけど、お客様は喜んでくださらなかった。だから、俺が間違っていた」という感じだからこそ、社員さんたちも立花さんに協力しようという気持ちになられたんではないかと思うんです。

「自分の正しさ」や「お金」にこだわるリーダーは、結局うまくいかない。では、成功するリーダーがこだわるものとは?高森勇旗(たかもり・ゆうき) 1988年富山県高岡市生まれ。2006年、横浜ベイスターズ(現DeNA)から高校生ドラフト4位で指名を受け入団。08年にイースタンリーグで史上最年少サイクル安打達成。09年にイースタンリーグで最多安打、技能賞、ビッグホープ賞を獲得。12年に戦力外通告を受け引退。引退後は、データアナリスト、ライターなどの仕事を経て、ビジネスコーチとしての活動を始める。コンサルタントとして延べ50社以上の経営改革に関わり、業績に貢献。著書に『降伏論 「できない自分」を受け入れる』(日経BP社)がある。

立花 いやー、それは褒めすぎだと思うけど……だけど、そう言っていただけるのは本当に嬉しいです。

 経営の本質というものは、すごくシンプルなんじゃないかという気がするんです。実際、お金のためにやっていると、お客様にバレるんですよ。それに、お金のためにチケットを売らされている社員たちも“ドッチラケ”です。1日や2日なら我慢もするでしょうが、5年、10年は続かないですよ。

 僕はもともと金融マンでしたから、数字はもちろんちゃんと把握しています。だけど、数字はしょせん数字です。数字のわからない人が経営をやったらめちゃくちゃになるけど、それって野球でいえば、「素振りができる」「キャッチボールができる」という程度の話なんだと思いますね。

 そこに目を向けるのではなく、もっと「仕事を楽しむ」とか、お客様に「ワクワク感」や「感動」を届けるということに意識を向けることが、ビジネスにおいていちばん重要なことなんだと思います。

高森 本当の意味でそれができれば、その結果として数字がよくなるということですよね?

「数字」を出発点にした企画はつまらない

立花 そう思いますね。楽天野球団では、お客様に喜んでいただけるイベントを次々と実施しましたが、面白かったのは、数字を出発点にしたイベント企画ってたいていつまらなかったことです。

 例えば、「100万円の予算があるから、こういう企画ができる」というのはダメなことが多かった。やっぱり、「これをやったらお客様が喜んでくれるから、100万円使わせてください」という思考経路じゃないとイベントってうまくいかないんですよ。

高森 なるほど。そのお話を伺うと、かつてのプロ野球とは様変わりしたように思います。かつてのプロ野球は、「ドル箱産業」でしたからね。当時は、娯楽が少なかったですから、テレビで毎晩放送されることで、球場にはたくさんのファンが押しかけるという幸せな時代だったのでしょう。

 だけど、野球以外のエンターテイメントが育ちまくって、消費者にとって選択肢がやまほどある時代になると、野球そのものの面白さを追求するだけではなく、「野球+α」をいかに作り出すかが、球団経営にとって重要になりました。

 そのことに先駆的に気づいたのが立花さんであり楽天野球団だった。東京、名古屋、大阪、福岡といった大都市ではない場所に本拠地を置いていただけに、かなり難易度の高いことだったと思いますが、東北という特殊な商圏において、それをやり切ったという印象をもっています。

立花 そうですね。ずっと手探りでしたけどね……。球団社長時代にはメディアなどで、「どうやって観客を増やしたんですか?」とよく聞かれましたが、「これ」と特定できるような話じゃないと答えてました。そんな「答え」のある世界ではないと思うんです。

 重要なのは、お客様に「ワクワク感」や「感動」や「楽しい!」といった感情をもっていただけるように、社員が一丸となって工夫をこらすこと。そして、そのプロセスを社員たちが楽しむことです。そういう状態になることができれば、自然と「観客動員数」は増えて、「数字」もよくなっていくはず。だから、リーダーの仕事は、そういう状態を生み出すことなんだと思うんです。

高森 なるほど。「数字」ではなく、「楽しい!」「ワクワク感」などの「感情」にフォーカスするということでしょうか? それが本当にできたら、リーダーはうまくいくし、「数字」もついてくる、と。

立花 そんな気がしますね。