それまでの公式戦では豊島が6戦全勝。「将棋界七不思議の一つでは?」。大盤解説会の解説者の一人で藤井の師匠、杉本昌隆が冒頭で漏らした。

 振り駒で先手番が豊島に決まり、戦型は「角換わり」に。後手の藤井が「早繰り銀」から速攻を仕掛け、積極的に攻め、リードを奪った。

「序盤は準備不足だったかも」と局後に反省した豊島だが、手厚く受けた後、反撃に出て、難解な終盤戦に。両者、持ち時間の40分を使い切り、1手1分未満で指す「1分将棋」に突入した。

「おおっ!カッコイイな、これ」。藤井の86手目8六歩を見て、もう一人の解説者で永世名人資格保持者の森内俊之が叫んだ。

 豊島が放置すれば、藤井は持ち駒や盤上の駒をめいっぱい使ってギリギリで豊島玉を詰ますことが出来る好手。この後、秒読みに追われた豊島が最善手を逃し、94手までで投了。

 藤井が豊島に公式戦で初めて勝った画期的な瞬間を、対局室では約120人、別室の大盤解説会場では約100人のファンが目撃した。

「ラスボス」豊島の謙虚すぎる言葉
2人の地元で「相懸かりの力戦」展開

 2021年6月28日、18歳の王位・藤井に31歳の竜王・豊島が挑む第62期王位戦七番勝負の開幕前日会見でのことだった。私は竜王に尋ねた。いよいよタイトル戦で藤井と指す心境はいかなるものかと。

「いろんな方と対局してきましたけど、藤井さんは特別な才能を持った方だと感じています。自分はわりと一般的な棋士だと思っているので、対局できるだけでありがたいことです」

 わりと一般的な棋士。19年に史上4人目の名人・竜王に就いた覇者が選んだのは、謙虚の範疇を超えるような文言だった。

 衝撃的に聞こえたのは両者の対戦成績も影響していたのかもしれない。シリーズ前まで豊島6勝、藤井1勝。各メディアは「藤井が唯一敵わない相手」として喧伝すべく、豊島を「ラスボス」とも表現していた。

 竜王の言葉を隣で聞いていた藤井は「常に目標としてきた先輩。このような舞台で対戦できることをうれしく思います」「過去のことは考えずに盤上に集中したい」と語った。